DEI開示、日米欧で逆走中 ─ 米国65%離脱・EU義務化・日本拡大のリアル
2026-04-07
2026年、ダイバーシティの情報開示は世界の3極で正反対に動いた。米国Fortune 500の65%がDEI開示を離脱し大統領令で連邦契約にDEI禁止条項を義務化、EUは賃金透明性指令の法制化期限を6月に控え、日本は女性活躍推進法改正で101人以上企業に拡大。mvv.jpが収録する451社超のデータとともに、この分裂の全容を読み解く。
1. 2026年、DEI開示の方向が日米欧で分裂した
2026年、「ダイバーシティ」をめぐる企業の情報開示は、世界の主要3極で正反対の方向に動き始めた。
Fortune 500のDEI開示参加企業数(2025→2026年)
HRC Corporate Equality Index 2026
米国ではFortune 500企業の65%がDEI開示への参加を取りやめた。EUは賃金透明性指令の各国法制化期限を6月に控え、日本は女性活躍推進法改正で101人以上の企業に賃金差異・管理職比率の公表を義務化した。
同じ「人的資本のダイバーシティ」というテーマに対して、規制が逆方向に動く前例のない状況が生まれている。この記事では、3地域それぞれの動きを一次ソースに基づいて整理し、mvv.jpが収録する${totalCompanies}社超の企業データとともにその意味を読み解く。
DEI開示の方向 日米欧比較(2026年)
| 地域 | 2026年の動き | 方向 | 根拠法令 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 連邦契約でDEI禁止条項義務化・Fortune 500の65%がCEI離脱 | 後退 | EO 14398(2026年3月26日) |
| EU | 賃金透明性指令の国内法化期限(6月7日)・CSRD/ESRS S1による社会指標開示義務 | 拡大 | Directive 2023/970・CSRD |
| 日本 | 女性活躍推進法改正で101人以上企業に賃金差異・管理職比率の公表義務化 | 拡大 | 改正女性活躍推進法(2026年4月1日施行) |
規制の方向が3極で分裂
2. 米国 — DEI開示の急速な後退
Fortune 500のDEI開示、65%が離脱
HRC(Human Rights Campaign)が毎年実施するCorporate Equality Index(CEI)は、米国企業のDEI施策を数値化する最大規模の指標として20年以上の歴史を持つ。2026年版では、Fortune 500企業の参加数が2025年の377社から131社へ、65%急減した。
HRC CEI参加企業数の推移
| 指標 | 2025年 | 2026年 | 変化 |
|---|---|---|---|
| Fortune 500 参加企業数 | 377社 | 131社 | -65% |
| 総参加企業数 | — | 1,450社 | — |
| Equality 100獲得企業 | — | 534社 | — |
| カバーする米国従業員 | — | 約600万人 | — |
Fortune 500企業の参加動向
一方で、参加を継続した1,450社の内部では、DEI施策の実装率は低下していない。差別禁止方針の採用率は98.3%(1,426社/1,450社)、LGBTQ+ ERGの維持率は97.4%と高水準を保っている。HRC会長Kelley Robinsonは「沈黙は中立ではない。それは選択であり、将来のビジネスリスクとなりうる」と述べた。
これはDEI施策そのものの後退というよりも、「開示か非開示か」の二極化と見るべきだ。参加を取りやめた企業の多くは、施策自体を廃止したのではなく、公的なスコアカードへの参加を取りやめて内部監査に切り替えている。
「DEI」の用語が消えた — Fortune 100の98%減
Fortune 100企業のコミュニケーションにおいて「DEI」という用語の使用が98%減少した。「diversity」「equity」「inclusion」「racial equity」といった関連用語も急減し、代わりにFAIR(Fairness, Access, Inclusion, Representation)モデルなど新たな枠組みへの移行が進んでいる。Fortune 100の85%以上が2026年初頭までに年次報告書を更新した。
SECの10-K(年次報告書)においても変化は顕著だ。Gibson Dunnの調査では、S&P 100企業の10-Kから「DEI」「DE&I」の表記が2025年に完全に消滅した。最も多く言及されるトピックは人材開発、採用・定着、報酬・福利厚生の順で、「ダイバーシティ&インクルージョン」は4位に後退している。
Executive Order 14398 — 連邦契約でDEI禁止を義務化
2026年3月26日、大統領令14398「Addressing DEI Discrimination by Federal Contractors」が署名された。
EO 14398が定義する「racially discriminatory DEI activities」とは、「人種または民族に基づく、採用・雇用(採用、昇進)・契約(ベンダー契約)・プログラム参加・資源配分における不均等な取扱い」である。「プログラム参加」にはトレーニング、メンタリング、リーダーシップ開発プログラム等が含まれる。
執行メカニズムとしては、契約の取消・終了・停止、請負業者の将来の政府契約からの排除に加え、False Claims Act(31 U.S.C. 3729(b)(4))に基づく民事訴訟が明示されている。OMB長官が司法長官・EEOC委員長と連携して「特にリスクの高い経済セクター」を特定する枠組みも設けられた。
EO 14398 — 契約条項の6要件
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 1. DEI活動の禁止 | 人種差別的DEI活動に従事しない |
| 2. 情報提供義務 | 帳簿・記録・アカウントへのアクセスを含む情報提供 |
| 3. 違反時の制裁 | 契約の取消・終了・停止、将来の契約からの排除 |
| 4. 下請業者の報告 | 下請業者の違反を契約機関に報告し、是正措置を実施 |
| 5. 訴訟通知 | 下請業者から条項の有効性を争う訴訟を受けた場合の通知 |
| 6. False Claims Act | コンプライアンスが政府の支払い決定にとって重要事項であることの確認 |
Federal Register Doc. 2026-06286, Section 3
SEC人的資本管理(HCM)ルールの改定提案は2026年4月に予定されていたが、現政権下での実現は不透明な状況にある。
3. EU — 賃金透明性とCSRDで義務化を加速
米国がDEI開示を後退させる一方、EUは法的拘束力のある義務化を推進している。
EU賃金透明性指令 — 2026年6月7日の期限
EU賃金透明性指令(Directive 2023/970)は、2026年6月7日までに全EU加盟国で国内法化される期限を迎える。150人超の企業は2027年6月に初回のジェンダー賃金格差報告を提出する義務が生じる。
EU賃金透明性指令 — 報告義務のスケジュール
| 企業規模 | 初回報告期限 | 報告頻度 |
|---|---|---|
| 250人以上 | 2027年6月(2026年度分) | 毎年 |
| 150〜249人 | 2027年6月(2026年度分) | 3年ごと |
| 100〜149人 | 2031年6月(2030年度分) | 3年ごと |
Directive 2023/970 Article 9
5%以上の性別賃金格差が客観的・中立的な理由で説明できず、6か月以内に是正されない場合、労使代表との共同賃金評価が義務化される。採用時の給与帯の事前開示も義務化され、給与秘密条項は違法となる。
CSRD/ESRS S1 — Omnibusで簡素化も義務は継続
EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)に基づくESRS S1(Own Workforce)は、Omnibus I提案によりデータポイントが61%削減される見込みだが、開示義務そのものは継続する。対象は従業員1,000人超かつ売上高4.5億ユーロ超の企業に絞り込まれた。
重要なのは、データポイントの削減は「報告負荷の軽減」であって「義務の撤回」ではないという点だ。S1が重要(material)と判定された場合、従業員特性(S1-5)の開示は依然として必須であり、性別賃金格差の報告も含まれる。
4. 日本 — 「静かに、着実に」拡大する開示義務
女性活躍推進法 2026年4月改正
2026年4月1日、改正女性活躍推進法が施行された。従業員101人以上の企業に男女間賃金差異と女性管理職比率の公表が新たに義務化された。
女性活躍推進法 改正前後の比較
| 義務の種類 | 改正前(〜2026年3月) | 改正後(2026年4月〜) |
|---|---|---|
| 男女間賃金差異の公表 | 301人以上の企業のみ | 101人以上の企業に拡大 |
| 女性管理職比率の公表 | 301人以上:選択項目 | 101人以上:必須項目に格上げ |
| 情報公表項目数(301人以上) | 3項目以上 | 4項目以上に拡大 |
| 法律の有効期限 | 2026年3月31日 | 2036年3月31日(10年延長) |
2026年4月1日施行 — 対象企業規模の変更
法律の有効期限が2036年まで10年延長されたことは、日本政府がこの分野の制度を定着させる意思を明確にしたことを意味する。
人的資本可視化指針との連動
内閣官房が2023年に策定した人的資本可視化指針は、投資家が特に期待する4指標として「女性管理職比率」「男性育休取得率」「男女間賃金差異」「離職率」を挙げている。女性活躍推進法による義務化は、この投資家期待に法的裏付けを与えるものだ。
mvv.jpが収録する${totalCompanies}社超の日本企業データからは、先進企業と平均値の間に依然として大きなギャップが存在することが見える。
女性管理職比率
女性管理職比率が高い企業 · 2024年度 · 451社中5社掲載
女性活躍推進法の2026年改正で、101人以上の企業に女性管理職比率の公表が義務化された。米国がDEI開示から後退する中、日本企業のデータ蓄積は中長期的な競争力の源泉になりうる。上位企業はどのような施策でこの数値を実現しているのか。
ファーストリテイリング
女性管理職比率(2024年8月期)
FAST RETAILING Integrated Report 2024 p.68
ダイバーシティ推進チームが中心となり、従業員満足度調査で課題を把握。ライフステージに合わせた働き方やキャリア形成支援、人事制度の改革、メンターサポートを推進し、2024年8月期の女性管理職比率は46.1%と前期比1.4ポイント上昇。
アシックス
女性管理職比率(2024年度実績)
統合報告書 2024年度 p.78
グローバル全体で2022年に女性管理職比率38.3%を達成し、50%到達に向けシニアマネジャーの女性比率を高める行動計画を策定中。管理職対象のアンコンシャスバイアス研修を実施し、インドネシアでは全従業員向けキャリア開発ワークショップでD&Iを開始。
女性取締役比率
女性取締役比率が高い企業(取締役会メンバー) · 2025年度 · 261社中5社掲載
CGコード改訂で取締役会の多様性確保が求められる中、女性取締役の登用は経営のガバナンス強化に直結する。EUのCSRD/ESRS G1でも取締役会の構成開示が義務化されており、グローバル基準への対応という側面もある。
メルカリ
取締役に占める女性の割合
Impact Report FY2025.6 p.5
ジェンダーバランスに配慮し、指名委員会が原則として女性候補者を含めて選定。FY2025.6は取締役における女性比率が増加した。
ニトリホールディングス
取締役会女性取締役比率
NITORI HOLDINGS 統合報告書 2025 p.32
2040年までに女性管理職比率40%を目標に掲げ、女性管理職ポスト拡大や多様な働き方支援制度を推進。2025年3月に厚生労働省「えるぼし認定(3段階目)」を取得。取締役10名中女性2名。
大和証券グループ本社
取締役の女性比率(2024年6月時点)
統合報告書 2025年度 p.4
取締役会全体の多様性確保を重視し、取締役に占める女性比率を原則30%以上と定めている。2024年度末時点で取締役14名中女性7名(うち社内3名)、女性取締役比率50.0%。
5. 3極分裂が日本企業に意味すること
グローバル企業は3つの異なるルールに対応する必要がある
地域別コンプライアンス要件の比較
| 項目 | 米国 | EU | 日本 |
|---|---|---|---|
| 開示義務 | SEC S-K Item 101(原則ベース、定量指標は任意) | CSRD/ESRS S1 + 賃金透明性指令 | 女性活躍推進法 + 有報HC開示 |
| DEI用語 | 回避傾向(FAIRモデル等へ移行) | 維持(D&IはESRS S1の重要開示項目) | 「女性活躍」「多様性確保」として定着 |
| 賃金格差報告 | 連邦レベルの義務なし | 150人超:ジェンダー賃金格差報告 | 101人超:男女間賃金差異の公表 |
| 管理職多様性 | 開示任意(S&P 100の多くが自主開示縮小中) | 取締役会の多様性開示(CSRD/ESRS G1) | 女性管理職比率の公表義務(101人超) |
| 執行メカニズム | EO 14398: False Claims Act | CSRD: 加盟国の監督当局による制裁 | 厚労省による報告徴収・助言・勧告・公表 |
グローバル企業が直面する3つの異なるルール
米国に拠点を持つ日本企業は、連邦契約を保有している場合にEO 14398への対応が必要となる。防衛、IT、ヘルスケアなど連邦政府との取引が多いセクターでは特に注意が求められる。
一方、日本本社では女性活躍推進法に基づく開示義務が拡大し、EU拠点では賃金透明性指令への準備が求められる。3つの地域で異なる方向のコンプライアンスを同時に管理するという、前例のない課題が生じている。
日本企業のデータが語ること
mvv.jpのデータベースに収録されている日本企業の女性管理職比率・女性取締役比率・女性従業員比率のデータは、日本企業のダイバーシティの現在地を数値で示す。米国がDEI開示から後退するなか、日本が着実にデータを蓄積していることの意味は、中長期的に増していくと考えられる。