男性育休取得率の公表義務化 ─ 企業データで見る現在地
2025年4月、男性育休取得率の公表義務が従業員300人超企業に拡大された。全国平均は40.5%に到達し、政府目標の2025年度50%・2030年度85%に向けた加速期に入っている。DB収録30社のランキングデータとともに、法改正の要点・先進企業の施策・投資家が注目するポイントを解説する。
DB収録企業数
mvv.jp 独自集計
平均取得率
30社平均
100%超達成企業
延べ人数ベース含む
1. 法改正の全体像 ─ 何が変わったのか
2025年4月施行の改正育児介護休業法により、男性の育児休業等取得率の公表義務の対象が従業員1,000人超の企業から300人超の企業に拡大された。対象企業数は約5,500社から約18,000社に増加。
日本の上場企業の大半がカバーされることとなり、投資家・求職者・従業員にとって、男性育休取得率は企業を評価する「標準的な指標」としての地位を確立しつつある。 男性の育児休業取得率は、2019年度7.48%、2020年度12.65%、2021年度13.97%、2022年度17.13%、2023年度30.1%、2024年度40.5%と推移し、2024年度に過去最高を記録した。
公表義務化の変遷
対象範囲の段階的拡大
| 時期 | 対象企業 | 対象企業数(概算) | 根拠法 |
|---|---|---|---|
| 2023年4月〜 | 従業員1,000人超 | 約5,500社 | 改正育介法(2022年) |
| 2025年4月〜 | 従業員300人超に拡大 | 約18,000社 | 改正育介法(2024年) |
| 2025年10月〜 | 柔軟な働き方措置(5つから2つ選択)の義務化 | 300人超企業 | 改正育介法(2024年) |
公表の方法と頻度
公表は年1回以上、インターネット等により行う。公表先は厚生労働省「両立支援のひろば」が推奨されるが、自社ウェブサイトでも可。公表すべき数値は「育児休業等取得率」または「育児休業等と育児目的休暇の取得率」のいずれか。
算出式: 育児休業等取得率 = 当該事業年度において育児休業等をした男性労働者数 ÷ 当該事業年度において配偶者が出産した男性労働者数 × 100。前年度に配偶者が出産した男性が当年度に育休を取得した場合、分子のみ計上されるため100%を超えることがある。
2025年の改正 ─ 公表義務化と同時に施行された主要変更
2025年4月施行の改正では、公表義務拡大に加え、子の看護休暇の対象が小学校3年生修了まで拡大(名称変更:「子の看護等休暇」)、残業免除の対象が小学校就学前の子を持つ労働者に拡大、3歳未満の子を養育する労働者へのテレワーク措置が努力義務化された。
2025年10月からは、3歳から小学校就学前の子を養育する労働者に対し、事業主が5つの措置(始業時刻変更、テレワーク、短時間勤務、保育施設の設置運営、新たな休暇の付与)から2つ以上を選択して措置する義務も施行。
2. なぜ義務化が必要だったのか
日本の男性育休取得率は長年、低水準にとどまってきた。2019年度にはわずか7.48%。「制度はあるが使われない」という状態が常態化し、その背景には職場の暗黙の圧力、キャリアへの不安、そして「男性が育休を取る」ことへの社会的な抵抗があった。
しかし近年、状況は急速に変化している。2022年4月の「産後パパ育休(出生時育児休業)」制度の創設と段階的な法改正を経て、取得率は急上昇。2023年度の30.1%から2024年度には40.5%と過去最高を記録した。上場企業に限れば平均53%に達する。政府が掲げる2025年度目標の50%、2030年度目標の85%に向けて、加速のフェーズに入っている。
公表義務の拡大は、この加速装置として機能する。1,000人超企業への義務化(2023年4月)の後、該当企業の取得率は大幅に上昇した。「計測し、公表する」こと自体が行動を変えるという、ナッジ理論の実践だ。
少子化対策としての位置づけ
政府は「こども未来戦略」(2023年12月閣議決定)において、男性の育児休業取得率の目標を2025年度50%、2030年度85%と設定した。男性の育児参加を「次元の異なる少子化対策」の中核的施策として位置づけている。
研究データもこれを裏付ける。父親の家事・育児時間が長いほど第二子以降の出生確率が高い。休日の家事・育児時間が6時間以上の夫は、家事・育児をしない夫に比べ第二子以降の出生割合が約6倍(87.1% vs 10.0%)。 男性育休は、個々の企業の人事施策にとどまらず、社会全体の持続可能性に関わるテーマなのだ。
3. 企業ランキング ─ 男性育休取得率トップ企業
mvv.jpが収録する30社の公開データから、男性育休取得率(育児休業等取得率)のランキングを掲載する。データは各社の統合報告書・ESGデータブック・有価証券報告書から抽出したもので、原則として最新年度の数値を使用している。
ランキングの読み方
上位企業に100%超の数値が並んでいることに違和感を覚えるかもしれない。育休取得率の算出式は「当該年度に育休を取得した男性労働者数 ÷ 当該年度に配偶者が出産した男性労働者数 × 100」であり、前年度に子が生まれた社員が翌年度に育休を取得した場合、分子のみ計上されるため、100%を超えることがある。
このため、取得率の絶対値だけでなく、取得日数(平均何日取得しているか)や取得期間(1週間未満の形式的取得ではないか)もあわせて確認することが重要だ。先進企業は取得率に加えて平均取得日数も開示し、「質」の面でも透明性を確保している。
4. 取得率100%超の企業に学ぶ施策
取得率100%を達成している企業には、共通するパターンがある。単に「制度がある」だけでなく、取得を当たり前にする仕組みが組織に埋め込まれている点だ。
共通する施策パターン
- 1. トップコミットメントの明示
- 経営トップが育休取得を推奨するメッセージを発信し、管理職のKPIに部下の育休取得率を組み込む。上位企業では、取得を「権利」ではなく「義務に近い推奨事項」として位置づけている。
- 2. 取得前後のプロセス標準化
- 出産予定の申告時に自動的に面談を設定し、業務引き継ぎ計画の策定を制度化。復帰後のキャリア面談も組み込み、「取得したら不利になる」という不安を構造的に排除している。
- 3. 「短期取得」から「十分な期間」への誘導
- 形式的に1-2日取得するのではなく、最低2週間以上の取得を推奨。一部企業では1ヶ月以上の取得を標準とする方針を打ち出している。
- 4. 代替要員の確保と業務の属人化解消
- 育休取得の最大の障壁は「自分がいないと仕事が回らない」という認識。チーム制の徹底、マニュアルの整備、一時的な要員配置の仕組みを構築している。
100%超達成企業
J.フロント リテイリング
132.5%
2025年度
第一生命ホールディングス
113.1%
2025年度
ニチレイ
108.7%
2025年度
三井住友フィナンシャルグループ
105%
2025年度
コンコルディア・フィナンシャルグループ
104.5%
2025年度
114bank-2
100%
2025年度
aichi-bank
100%
2025年度
電通総研
100%
2025年度
5. 人的資本開示としての育休データ
男性育休取得率は、2026年3月改訂の人的資本可視化指針においても重要な開示指標として位置づけられている。改訂版が求める「経営戦略と人材戦略の連動」の文脈では、育休取得率は単なる福利厚生の指標ではなく、以下の戦略的意味を持つ。
- 人材確保力の指標
- 育休取得率の高い企業は、採用市場で優位に立つ。厚生労働省の調査では、就職活動中の学生の約6割が育児休業の取りやすさを企業選びの重要項目として挙げている。
- 組織レジリエンスの代理指標
- メンバーが数週間〜数ヶ月不在でも業務が回る組織は、BCP(事業継続計画)の観点でも強い。育休取得率の高さは、業務の属人化が解消されていることの間接的な証拠となる。
- ダイバーシティ経営の試金石
- 男性育休の推進は、女性活躍推進と表裏一体だ。男性が育児に参加することで、女性のキャリア中断が減少し、女性管理職比率の向上にもつながる。投資家はこの連動を注視している。
投資家はどう見ているか
グローバルな機関投資家は、男性育休取得率をジェンダー平等への本気度を測る指標として注目している。女性活躍推進法に基づく女性管理職比率とセットで開示されることで、企業のダイバーシティ戦略の一貫性が評価される。
特にESG評価機関のMSCIやFTSE Russell、CDPは、ワーク・ライフ・バランス関連の指標を人的資本セクションの重要項目としている。育休取得率の公表義務化は、日本企業のESGスコア向上にとっても追い風となる。
6. グローバル比較 ─ 海外の育休制度
ユニセフの2019年調査「Are the world's richest countries family-friendly?」において、日本の父親向け有給育児休業期間は30.4週間で世界1位と評価された。しかし、制度上の充実度と実際の取得率には大きな乖離がある。
主要国の父親向け育児休業制度
制度上の有給育休期間と取得率の比較
| 国 | 有給育休期間(父親) | 給付水準 | 取得率 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 最大30.4週間 | 67%(180日まで)→50% | 106.8%(DB平均) |
| スウェーデン | 父親割当90日+共有日 | 約80% | 約90% |
| ノルウェー | 父親割当15週間 | 100%(上限あり) | 約70% |
| ドイツ | ElterngeldPlus最大28ヶ月(共有) | 65-67% | 約43% |
| フランス | 28日間 | 100%(上限あり) | 約71% |
| 韓国 | 最大52週間 | 80%(上限月150万ウォン) | 約28% |
| 英国 | 2週間 | 定額(週172.48ポンド) | 約21% |
| 米国 | 0週間(連邦制度なし) | − | − |
北欧諸国が高い取得率を実現している要因は「パパ・クオータ(父親割当)」制度にある。スウェーデンでは90日を父親専用とし、使わなければ権利が消滅する。ノルウェーの父親割当は15週間。この設計により取得率は80-90%に達する。
日本の「産後パパ育休」もこの思想に近いが、北欧との決定的な違いは職場文化だ。制度だけでなく、「当たり前に取る」という社会規範の形成が、取得率向上の本質的な鍵を握る。公表義務化は、この規範形成を加速させる仕掛けとして機能するだろう。
7. 企業が今すべきこと
2025年4月に対象が拡大された今、企業が取るべきアクションを整理する。
新たに対象となった企業(300〜999人)
- 現状の取得率を正確に把握する ─ 算出式(分子・分母の定義)を確認し、過去3年分のデータを整理する。「育児目的休暇」の範囲も確認しておく。
- 公表先を決定する ─ 厚生労働省「両立支援のひろば」への登録を推奨。自社サイトでの公表も可だが、検索性を考慮すると公的サイトへの掲載が望ましい。
- 管理職研修を実施する ─ 取得率向上の最大の障壁は「上司の理解」。管理職に対し、育休取得の法的権利、業務引継ぎの方法、ハラスメント防止について研修を行う。
- 個別周知・意向確認の体制を整備する ─ 妊娠・出産の申出時に自動的に面談をセットする仕組みを人事システムに組み込む。
すでに対象の企業(1,000人超)
- 「取得率」から「取得の質」へ ─ 取得率100%に近い企業は、次のステージとして平均取得日数・取得期間の分布を開示し、形式的取得ではないことを示す。
- 人的資本可視化指針との接続 ─ 育休取得率を経営戦略と連動させて開示する。「なぜこの数値を目指すのか」「それが人材確保・生産性・イノベーションにどうつながるのか」のストーリーを構築する。
- くるみん・プラチナくるみん認定の取得・更新 ─ 育休取得率の要件が引き上げられる可能性があり、現在の認定基準との差分を確認する。
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