創業者・渋沢栄一が説いた「公益」の精神は、時代を超えてこの企業に息づいている。しかし、21世紀の「公益」とは何か。気候変動が人類共通の喫緊の課題となり、エネルギー安全保障の脆弱性が露呈し、デジタル化が社会のあらゆる構造を再定義する現代において、その問いの答えはかつてないほど複雑だ。売上高3兆2,896億円、総資産3兆5,814億円を誇るこの巨大企業は、過去の成功体験という心地よい重力から脱し、未来へと飛翔できるのか。
本稿では、東京ガスが掲げる企業理念(MVV)、ESG経営、そして人的資本経営という三つの羅針盤を解き明かす。それは、単なる経営戦略の分析ではない。15,572人のグループ員一人ひとりの意識変革から、LNG調達量1,200万トンに及ぶグローバルサプライチェーンの再構築まで、ミクロとマクロの視点を行き来しながら、巨大インフラ企業が挑む自己変革の物語である。導管を通じて送り届けるものが、メタンから未来への希望へと変わるーその壮大な挑戦の最前線を追う。
第1部 理念の再構築ー「Compass 2030」という北極星
企業の変革は、その存在意義を問い直すことから始まる。東京ガスにとって、その問い直しは「Compass 2030」という新たな経営ビジョンの策定に結実した。これは単なるスローガンではない。エネルギー業界が地殻変動の只中にある今、進むべき方向を指し示す北極星であり、すべての事業活動の判断基準となる羅針盤である。
なぜ今、理念の再定義が必要だったのか
東京ガスの歴史は、日本の近代化そのものと重なる。ガス灯に始まり、家庭の厨房、工場の動力へと、その時代時代のニーズに応え、社会の発展を支えてきた。その根底には、安全・安心・信頼という、インフラ企業としての揺るぎない価値観があった。しかし、2020年代に入り、その価値観だけでは未来を切り拓けないという強い危機感が経営層を覆っていた。
最大の要因は、言うまでもなく「脱炭素」というグローバルな要請だ。天然ガスは石炭や石油に比べてクリーンとされるが、燃焼すればCO2を排出する化石燃料であることに変わりはない。社会がカーボンニュートラルを目指す中で、天然ガスを主力事業とする企業が、いかにして社会的存在意義を維持し、成長を続けるのか。この根源的な問いに対する答えを、新たな理念の中に明確に位置づける必要があった。
同時に、エネルギー自由化による競争激化、デジタル技術の進展による顧客接点の変化、そして多様化する社会の価値観への対応も急務となっていた。もはや「ガスを安定供給する」というミッションだけでは、顧客からも、そして未来を担う人材からも選ばれ続けることはできない。こうした背景から、東京ガスは自らの存在意義を再定義し、グループ全体の求心力となる新たな理念体系を構築する道を選んだのだ。その核心が「価値共創」というコンセプトである。
「価値共創」の先に描く未来
東京ガスが掲げる新たなミッションは、「エネルギーと社会の未来をリードし、お客さまと共に、環境にやさしい、より良い暮らしと社会を実現する」こと。そして、その実現に向けたビジョンが「Compass 2030」である。このビジョンが画期的なのは、自らを単なるエネルギー供給者ではなく、多様なステークホルダーと連携し、社会課題の解決に貢献する「ソリューション・プロバイダー」として位置づけた点にある。
その象徴が「CO2ネット・ゼロへの挑戦」だ。2024年3月には、より具体的な道筋として「東京ガスグループ カーボンニュートラルロードマップ2050」を策定。これは、気候変動を単なる環境問題ではなく、事業活動に深く関わる重要な人権課題と捉える視点に貫かれている。エネルギーの安定供給とカーボンニュートラル化の両立という、極めて困難な目標を掲げ、e-methane(合成メタン)や水素、再生可能エネルギーといった次世代エネルギーへの転換を加速させる意志を明確にした。
このビジョンは、具体的な事業戦略にも落とし込まれている。2023年度の役員賞与の業績評価指標には、従来の連結当期純利益や営業利益といった財務指標に加え、非財務指標として「CO2削減貢献量」や「国内・海外の再エネ電源新規開発量」が組み込まれた。これは、脱炭素への貢献が、単なる社会貢献活動ではなく、企業価値そのものを左右する重要な経営課題であるという経営の強い意志の表れだ。
理念浸透という見えざる挑戦
しかし、どれほど壮大なビジョンを掲げても、それが組織の隅々にまで浸透し、日々の業務に反映されなければ「絵に描いた餅」に終わる。東京ガスグループは、この経営理念のさらなる浸透・定着こそが持続的成長の鍵であると認識している。
そのための取り組みは多岐にわたる。経営層自らがタウンホールミーティングなどでビジョンを語りかけるのはもちろん、各部門が自らの業務と「Compass 2030」との繋がりを考えるワークショップが全社的に展開されている。例えば、導管の保安を担う現場チームが「私たちの仕事は、単なるメンテナンスではない。e-methaneという未来のエネルギーを安全に届けるための礎を築いているのだ」と自らの役割を再定義する。あるいは、法人営業担当者が、顧客企業の脱炭素化を支援するソリューション提案こそが「価値共創」の実践であると認識する。
こうした地道な活動を通じて、壮大なビジョンは個々の社員の「自分ごと」へと昇華していく。創出される価値は、もはや経済的なものだけではない。多様な人材が切磋琢磨する組織を育み、一人ひとりの挑戦とウェルビーイングを実現すること自体が、重要な社会的価値であると位置づけられているのだ。
「Compass 2030」は、変化の荒波を乗り越えるための羅針盤であると同時に、組織の一体感を醸成し、社員のエンゲージメントを高めるための求心力でもある。この見えざる挑戦の成否が、東京ガスの未来を大きく左右することになるだろう。
第2部 ESG経営のリアリズムー脱炭素と人権、両利きの実践
東京ガスの変革を語る上で、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは避けて通れない。それはもはや企業の社会的責任という次元を超え、事業戦略そのものと不可分に結びついた、企業存続のための必須要件となっている。特に、自らの事業が環境に与える影響が大きいエネルギー企業にとって、その取り組みの真価は厳しく問われる。東京ガスは、この難題に「脱炭素」と「人権」という二つの軸で、リアリズムをもって対峙しようとしている。
E for Environmentー「ネット・ゼロ」への茨の道
東京ガスのCO2ネット・ゼロへの挑戦は、壮大かつ困難な道のりだ。その中核をなすのが、天然ガスの主成分であるメタンを、グリーン水素とCO2から合成する「e-methane」という技術だ。この技術が確立されれば、既存の都市ガスインフラをそのまま活用しながら、カーボンニュートラルなエネルギー供給が可能になる。まさにゲームチェンジャーとなりうる切り札だが、製造コストや技術的な課題など、実用化へのハードルは高い。
同時に、再生可能エネルギーへの投資も加速させている。国内外での再エネ電源開発は、前述の通り役員報酬の評価指標にも組み込まれ、経営の重要課題として位置づけられている。しかし、その一方で、依然として約160万kWの天然ガス火力発電設備を保有しているという現実もある。エネルギーの安定供給という社会的使命を全うしながら、いかにして化石燃料への依存度を下げていくか。この「両利きの経営」は、東京ガスが直面する最大のジレンマであり、経営手腕が最も問われる部分だ。
その現実的なアプローチの一つが、バイオマス燃料の活用である。東京ガスは「バイオマス燃料調達方針」を公表し、主要な商社と連携してサプライチェーンにおける社会・環境リスクの管理状況を確認している。これは、単に燃料を切り替えるだけでなく、その調達プロセス全体におけるサステナビリティを担保しようという意志の表れであり、後述する人権デュー・ディリジェンスとも密接に連携している。
S for Socialーサプライチェーンに宿る人権への眼差し
ESGの「S」、すなわち社会側面での取り組みにおいて、東京ガスが近年特に注力しているのが「ビジネスと人権」だ。グローバルに広がるサプライチェーンを持つ企業として、自らの事業活動が直接的・間接的に人権へ及ぼす影響から目を背けることはできない。その姿勢は、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠した「東京ガスグループ人権方針」の制定に明確に示されている。
特筆すべきは、その人権デュー・ディリジェンスの徹底ぶりだ。東京ガスは、人権への負の影響を特定し、対応策を講じる対象として、「お客さま」「グループ員」「サプライヤー」「投融資先」という4つの主要なステークホルダーを定義している。そして、それぞれのステークホルダーに対して、どのような人権リスクが存在するかを体系的に洗い出している。その数は、長時間労働や差別、環境汚染、プライバシー侵害など、合計13項目に及ぶ。
このリスク特定プロセスは、極めて精緻だ。まず国際規範に基づき課題を整理し、次に「深刻度」と「発生可能性」の2つの軸でリスクを評価、最終的にサステナビリティ委員会で特定するという3つのステップを踏む。これは、人権リスクへの対応が、一部門の判断ではなく、全社的な経営課題として扱われていることを示している。
その実践は、具体的な事業領域にまで及ぶ。例えば、年間約1,200万トンを調達するLNGや、北米のシェールガス生産事業においては、海外案件の人権を含むESGモニタリング調査を定期的に実施。環境汚染や土地の収奪、現地コミュニティへの弾圧といったリスクを精査し、重大なリスクがないことを確認している。2024年度において、経営に影響を及ぼすような重大な人権事案は発生していないという事実は、こうした地道な取り組みの成果と言えるだろう。
さらに、その眼差しは自社グループ内だけでなく、広大なサプライチェーン全体に向けられている。東京ガスは、従来の「取引先購買ガイドライン」をサステナビリティの要素を強化した「サステナブル調達ガイドライン」に改訂。これを主要な取引先約1,500社に配布し、協力を要請している。ガイドラインでは、人権や労働者の権利尊重を求め、取引先、さらにはその先の取引先にも同様の取り組みを促している。
そして、それは単なる要請に留まらない。約1,000社から回答を得たアンケート調査では、回答企業の約90%が一定水準以上の取り組みを実施していることを確認しつつも、今後もアンケート結果に基づき、課題解決に向けたエンゲージメントを強化していくと明言している。これは、サプライヤーを単なる調達先ではなく、共に持続可能な社会を築くパートナーと捉える「パートナーシップ構築宣言」の精神を具現化するものであり、東京ガスの人権に対する本気度を物語っている。
G for Governanceー変革を支える羅針盤
環境(E)と社会(S)への野心的な取り組みは、強固なガバナンス(G)によって支えられて初めて実効性を持つ。東京ガスでは、サステナビリティを経営の中核に据えたガバナンス体制の構築が進められている。
その司令塔となるのが、代表取締役社長を委員長とする「サステナビリティ委員会」だ。2023年度には3回開催され、マテリアリティ(重要課題)の見直しや人権デュー・ディリジェンスの実施状況報告など、ESGに関する重要事項が審議された。こうした議論が経営トップのリーダーシップのもとで行われることで、全社的な意思統一と迅速な実行が可能となる。
また、役員報酬制度も、ESG経営を推進する強力なインセンティブとして機能している。前述の通り、執行役の賞与は、財務指標だけでなく、CO2削減貢献量やエンゲージメント向上といった非財務指標の達成度によって変動する。執行役の報酬構成において、賞与が15〜20%、中長期インセンティブである株式報酬が10〜20%を占めることを考えれば、その影響は決して小さくない。これは、短期的な利益追求だけでなく、中長期的な企業価値向上に資する行動を経営陣に促すための巧みな制度設計と言えるだろう。
さらに、情報保護という基本的なガバナンスも徹底されている。個人情報保護においては、統括管理責任者から現場の推進担当者まで4階層の責任体制を敷き、全従業員を対象とした教育を年1回実施することで、コンプライアンス意識の徹底を図っている。
東京ガスのESG経営は、理想論を語るだけでなく、具体的な目標設定、サプライチェーンへの働きかけ、そしてそれを担保するガバナンス体制という三位一体で推進されている。もちろん、その道は平坦ではない。しかし、このリアリズムに基づいた地道な取り組みこそが、140年の歴史を持つ巨艦を、未来へと航海させる確かな推進力となっているのだ。
第3部 人的資本経営の最前線ー「個」の覚醒が組織を変える
企業の変革を成し遂げる究極の原動力は、そこにいる「人」である。東京ガスが掲げる壮大なビジョン「Compass 2030」も、それを実行する人材がいなければ画餅に帰す。経営戦略と連動した人的資本経営の実践を通じて、持続的な企業価値向上を実現するーこの明確な目的意識のもと、東京ガスは今、組織と個人の関係性を根本から見直す、静かだが劇的な革命の最中にある。そのキーワードは「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」、「自律的キャリア」、そして「エンゲージメント」だ。
D&Iの深化ー男性育休99%が拓く新時代
かつてのインフラ企業にありがちだった画一的な組織文化からの脱却は、東京ガスの最優先課題の一つだ。多様な人材がその知識・能力・経験を最大限に活かして活躍できる環境整備こそが、不確実な時代を乗り越えるための鍵だと認識している。その象徴的な成果が、男性の育児休業取得率の飛躍的な向上である。
2023年度には74%だった取得率は、2024年度には実に99%に達した。2025年度の目標は100%であり、もはや男性が育休を取得することは「当たり前」の文化として根付きつつある。さらに驚くべきは、その平均取得日数が66日と、単なる数日の取得に留まっていない点だ。これは、制度が形骸化せず、実質的なものとして機能していることを示唆している。
この劇的な変化の裏には、周到な制度設計と経営の強いコミットメントがあった。東京ガスは、育休取得がキャリアの足枷になりかねないという社員の不安を払拭するため、育休取得期間中の賞与減額を免除し、昇格規定を改定するといった大胆な施策を講じた。さらに、部下の育休取得支援を管理職の業績評価に組み込むことで、組織全体で育休取得を後押しする風土を醸成したのだ。こうした取り組みは外部からも高く評価され、日経クロスウーマンの「共働き子育てしやすい企業ランキング」では、対象467社中2位にランクインしている。
女性活躍推進も着実に進んでいる。女性管理職比率は2024年4月時点で12.0%に達し、2025年の目標である11%を前倒しで達成した。男女間の賃金格差も、男性を100とした場合、女性は78.0と、まだ課題は残るものの、その透明性のある開示姿勢は評価に値する。
これらのD&Iの取り組みは、単に社会的な要請に応えるためだけではない。男性が当たり前に育児に参加することで、女性のキャリア継続が容易になるだけでなく、男性社員自身も多様な視点や時間管理能力を身につけることができる。結果として、組織全体の創造性や生産性の向上に繋がる。男性育休99%という数字は、東京ガスが、硬直的だったかもしれない旧来の組織文化から、誰もが自分らしく働けるしなやかな組織へと変態を遂げつつあることを示す、力強い証左なのである。
自律的キャリアへの招待ー挑戦者が報われる組織へ
変化の激しい時代において、企業が社員に提供できる最大の価値は、安定した雇用そのものではなく、どこへ行っても通用する専門性やスキルを身につける「成長の機会」である。東京ガスは、この考えに基づき、社員の自律的なキャリア形成を強力に支援する仕組みを次々と導入している。
目指す人材像は明確だ。「従来の常識にとらわれることなく自律的に学び、挑戦し続けられる人材」。こうした人材を育成・獲得するため、2023年度から2025年度にかけての人的資本に関する取り組みでは、「挑戦による成長」が大きな柱として掲げられている。
その具体策が、社外兼業の推進や、社内公募制度、社内起業制度の拡充だ。社員は、会社の命令を待つのではなく、自らの意志で新たな挑戦の機会を掴むことが奨励される。タレントマネジメントシステムを活用し、個々の適性や意志を反映したキャリア形成・スキル構築の機会を提供することで、会社主導の画一的なキャリアパスから、個人主導の多様なキャリアパスへの転換を図っている。
同時に、事業ポートフォリオの転換に対応するためのリスキリングも急務だ。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)、脱炭素、海外事業といった成長領域への戦略的な人材シフトが計画されている。そのための研修・教育訓練への投資額は、2024年度単体で8億5,700万円に上る。これは、社員の学び直しを、コストではなく未来への投資と捉える経営の姿勢を示している。
組織の活性化には、外部からの新たな知見の取り込みも不可欠だ。2024年度の採用者に占める経験者採用の割合は37.6%に達しており、グローバルでの経験者人材の積極採用も継続していく方針だ。M&Aなどを活用した高度専門人材の獲得も視野に入れており、プロパー社員とキャリア採用社員が互いに刺激し合うことで、組織全体の能力向上を目指している。
エンゲージメントという生命線ー90.8%の信頼に応える
D&Iの推進や自律的キャリア支援といった施策は、最終的に「従業員エンゲージメント」の向上に繋がらなければ意味がない。エンゲージメントとは、社員が自らの仕事に誇りと情熱を持ち、組織の成功に自発的に貢献しようとする意欲のことだ。東京ガスは、このエンゲージメントを人的資本経営における最重要指標(KPI)の一つと位置づけている。
2024年度のエンゲージメント調査における肯定的回答率は90.8%という高い水準を記録した。特に、「貢献意欲」に関する項目では90.8%、「健康サポート」に関しても80.3%と、社員が会社から大切にされていると感じ、自らも会社に貢献したいと考えている様子がうかがえる。
この高いエンゲージメントは、一朝一夕に築かれたものではない。定期的にエンゲージメント指数を測定し、その結果を分析して各種施策へ反映させるというPDCAサイクルが定着している。社員の声に真摯に耳を傾け、働きがいのある環境を地道に整備してきたことの賜物だ。
しかし、東京ガスはこの現状に満足していない。2025年度の目標として、「貢献意欲」は90%、「健康サポート」は83%と、さらなる高みを目指している。変革期にある組織においては、社員の不安やストレスが増大しがちだ。だからこそ、エンゲージメントという組織の生命線を常にモニタリングし、維持・向上させていくことが不可欠となる。
東京ガスの人的資本経営は、制度改革と文化醸成の両輪で進められている。それは、社員を管理対象の「資源」ではなく、共に未来を創造する対等な「資本」と捉える思想への転換だ。一人ひとりの「個」が覚醒し、その挑戦が正当に評価され、報われる。そうした組織風土が完全に醸成されたとき、東京ガスは真の変革を成し遂げ、持続的な成長軌道に乗ることができるだろう。
終章 導管の先に描く、エネルギーと社会の新たな関係
渋沢栄一が東京瓦斯会社を設立してから140年。地下に張り巡らされたガス導管は、この国の近代化を支える動脈であり続けた。そして今、東京ガスはその導管に、天然ガスだけでなく、e-methaneや水素といった次世代のエネルギー、さらには「価値共創」という新たな理念を流し込もうとしている。
本稿で分析してきたMVVの再定義、ESG経営の実践、そして人的資本経営の深化は、それぞれが独立した取り組みではない。それらは、「Compass 2030」という一つの北極星に向かって緊密に連携し、互いに影響を与え合いながら、この巨大企業の変革を駆動する三位一体のエンジンなのである。
理念(MVV)が変革の「なぜ」を定義し、進むべき方向性を示す。 ESG経営が、その変革を社会や地球環境と調和させ、持続可能なものにするための「何を」を具体化する。 そして人的資本経営が、変革を成し遂げる主体である「誰が」を育て、その力を最大限に引き出す。
この三つの歯車が噛み合ったとき、企業は強力な推進力を得る。男性育休取得率99%という数字は、単なる福利厚生の充実を意味しない。それは、多様性を受け入れる組織文化の醸成であり、ひいては、多様な社会のニーズを理解し、新たなソリューションを生み出すための土壌となる。サプライチェーン全体で人権尊重を徹底するという地道な努力は、企業のレピュテーションリスクを低減するだけでなく、取引先との信頼関係を深め、共に成長するパートナーシップを築く礎となる。
もちろん、その道のりは決して平坦ではない。2023年度の設備投資額は2,132億円、営業キャッシュ・フローは4,902億円に上るが、脱炭素社会への移行には、これを遥かに上回る巨額の投資と、既存事業の構造転換という痛みを伴う改革が必要となるだろう。新技術の不確実性、グローバルなエネルギー市場の変動、そして激化する競争環境など、外部環境のリスクも大きい。
しかし、東京ガスが歩み始めたこの変革の旅は、単に一企業の生き残りを賭けた戦いではない。それは、エネルギーという社会の根幹をなすインフラが、来るべき未来においてどのような役割を果たすべきかという、私たち全員に向けられた問いへの一つの答えでもある。
140年前、渋沢栄一は私利を追うのではなく、社会全体の利益となる「公益」を追求した。現代において、その精神は「ステークホルダーとの価値共創」という言葉に受け継がれている。導管の先にいる顧客、サプライチェーンを構成するパートナー、未来を担う社員、そして地域社会や地球環境。そのすべてと共に、持続可能な未来を創造していく。東京ガスの羅針盤が指し示す先にあるのは、単なるガス会社ではない。エネルギーと社会の新たな関係をデザインし、人々の暮らしに、そして地球に、新たな「灯り」をともす企業の姿だ。その壮大な挑戦から、私たちは目を離すことができない。
出典(66件)
- 3,289,634 百万円 売上高(統合報告書 2023, p.68)
- 3,581,425 百万円 総資産(統合報告書 2023, p.68)
- 15572 名 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.5)
- 1200 万トン LNG調達・クレジット量(人権リスク特定のための事業規模)(統合報告書 2024, p.13)
- 2024 年3月策定 カーボンニュートラルロードマップ2050の策定(統合報告書 2024, p.15)
- カーボンニュートラル化 との両立 エネルギー安定供給と脱炭素の両立(統合報告書 2024, p.3)
- 連結当期純利益 2023年度業績評価指標(財務指標:収益性)(統合報告書 2023, p.59)
- 営業利益+持分法利益 2023年度業績評価指標(財務指標:収益性)(統合報告書 2023, p.59)
- CO2削減貢献量 2023年度業績評価指標(非財務指標:ESG)(統合報告書 2023, p.59)
- 国内再エネ電源新規開発量 2023年度業績評価指標(非財務指標:ESG)(統合報告書 2023, p.59)
- 海外再エネ電源新規開発量 2023年度業績評価指標(非財務指標:ESG)(統合報告書 2023, p.59)
- 経営理念のさらなる浸透・定着に取り組むことで、持続的に成長できる企業グループを目指す 経営理念浸透・定着方針(統合報告書 2023, p.53)
- 多様な人材が切磋琢磨する組織 創出価値 (社会的価値)(統合報告書 2023, p.51)
- 一人ひとりの挑戦·ウェルビーイングの実現 創出価値 (社会的価値)(統合報告書 2023, p.51)
- 160 万kW 天然ガス火力発電の発電容量(エネルギー・ソリューションセグメント)(統合報告書 2024, p.13)
- 1 件 バイオマス燃料調達方針の公表とサプライチェーン確認(統合報告書 2024, p.15)
- 東京ガスグループ 人権方針 ステークホルダー全般への対応: 人権方針(統合報告書 2024, p.10)
- 4 カテゴリー 人権への負の影響を特定・対応する対象範囲(統合報告書 2024, p.16)
- 13 項目 特定された主要な人権リスク課題の項目数(統合報告書 2024, p.12)
- 2 軸 人権リスク評価における評価指標(2軸評価)(統合報告書 2024, p.11)
- 3 ステップ 人権リスクの特定プロセス(3つのステップ)(統合報告書 2024, p.11)
- 0 件 LNG調達および北米シェールガス生産事業における重大な人権リスクの確認数(統合報告書 2024, p.14)
- 0 件 経営に影響を及ぼす重大な人権事案の発生件数(2024年度実績)(統合報告書 2024, p.14)
- 従来の「取引先購買ガイドライン」をサステナビリティ要素を強化した「サステナブル調達ガイドライン」に改訂 サステナブル調達ガイドラインの改訂(統合報告書 2024, p.27)
- 約1,500社 社 主要取引先へのサステナブル調達ガイドライン配付数(統合報告書 2024, p.27)
- ガイドラインで人権や労働者の権利尊重を含む社会的責任に関する取り組みへの協力を要請し、取引先とその先の取引先にも同様の取り組みを促す サステナブル調達ガイドラインの要請内容(統合報告書 2024, p.27)
- 約1,000社 社 2024年度取引先調査アンケート回答数(統合報告書 2024, p.27)
- 約90% % アンケートで一定の取り組みを実施している企業(平均3点以上)の割合(統合報告書 2024, p.27)
- 今後もアンケート結果等に基づき、課題解決に向けたエンゲージメントを強化 今後の取り組み(統合報告書 2024, p.27)
- パートナーシップ構築宣言 ビジネスパートナーへの対応: パートナーシップ(統合報告書 2024, p.10)
- 3 回 2023年度サステナビリティ委員会開催実績(統合報告書 2024, p.5)
- 役位別に定められた基準額に財務指標・非財務指標に対する期間業績の評価を反映し年1回支給される短期インセンティブ報酬 賞与の定義(統合報告書 2023, p.59)
- グループ員エンゲージメント向上 2023年度業績評価指標(非財務指標:ESG)(統合報告書 2023, p.59)
- 役位ごとの基準額に業績評価指標に対する期間業績の達成状況を定量的・定性的に評価・反映し決定 賞与支給額の決定方法(統合報告書 2023, p.59)
- 15~20%程度 % 執行役の賞与の構成割合(統合報告書 2023, p.59)
- 10~20%程度 % 執行役の株式報酬の構成割合(統合報告書 2023, p.59)
- 4 階層 個人情報保護推進体制における責任・担当の階層数(統合報告書 2024, p.17)
- 1 回/年 全従業員を対象とした個人情報保護教育の実施頻度(統合報告書 2024, p.17)
- 経営戦略と連動する人的資本経営の実践により、持続的な企業価値向上を実現 人的資本経営の目的(統合報告書 2023, p.51)
- 多様な人材が知識・能力・経験を最大限に活かして活躍できる環境整備に取り組んでいる DE&Iに関する基本方針(統合報告書 2024, p.23)
- 74 % 男性育休取得率(統合報告書 2024, p.23)
- 99 % 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.44)
- 100 % 2025年目標 男性育児休職取得率 (1カ月以上)(統合報告書 2023, p.53)
- 66 日 男性育休平均取得期間(統合報告書 2024, p.23)
- 賞与減額免除や昇格規定改定などを実施 男性育休取得支援策(統合報告書 2024, p.23)
- 男性育休取得支援を業績評価に組み込み 男性育休取得支援策(統合報告書 2024, p.23)
- 2 位 日経クロスウーマン「共働き子育てしやすい企業ランキング」(統合報告書 2024, p.23)
- 11 % 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.44)
- 11 % 2025年目標 女性管理職比率(統合報告書 2023, p.53)
- 78.0 % 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.58)
- 従来の常識にとらわれることなく自律的に学び、挑戦し続けられる人材 目指す人材像(統合報告書 2023, p.51)
- 社外兼業を後押しする考え方に見直し 社外兼業推進方針(統合報告書 2023, p.53)
- 自ら機会をつかむ社外兼業·社内公募·社内起業の推進·拡充 23-25期間の挑戦による成長 (プロ人材としての成長·挑戦、自律的キャリア形成促進)(統合報告書 2023, p.51)
- タレントマネジメントシステム·データ活用による適性や意志を反映したキャリア形成·スキル構築機会の提供 23-25期間の挑戦による成長 (プロ人材としての成長·挑戦、自律的キャリア形成促進)(統合報告書 2023, p.51)
- 経営戦略とマッチした人員計画、最適配置、リスキリング(DX、脱炭素·海外領域等での事業開発に資するスキル等) 23-25期間の戦略的人員配置 (人材シフトと事業変化への対応力強化)(統合報告書 2023, p.51)
- 857 百万円 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.57)
- 37.6 % 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.57)
- 今後も引き続きグローバルでの人材採用を進めていく グローバルでの人材採用方針(統合報告書 2023, p.53)
- M&A等も活用した高度専門人材の獲得および制度整備 23-25期間の戦略的人員配置 (人材シフトと事業変化への対応力強化)(統合報告書 2023, p.51)
- 90.8 % 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.44)
- エンゲージメント指数を定期測定し各種施策へ反映 2025年 エンゲージメント向上に関する取り組み(統合報告書 2023, p.51)
- 90 % 統合報告書 2025(統合報告書 2025, p.44)
- 140 周年 創立140周年(2024年)(統合報告書 2024, p.3)
- 多様なお客さまの価値観に見合うソリューションの創出を促進 創出価値 (経済的価値)(統合報告書 2023, p.51)
- 213,233 百万円 設備投資額(統合報告書 2023, p.68)
- 490,216 百万円 営業キャッシュ・フロー(統合報告書 2023, p.68)
他社は人材・後継者に
どう投資しているか。
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