KDDIは、もはや単なる「通信会社」ではない。5G通信網を社会の基盤とし、その上に金融、エネルギー、DX、そして宇宙やメタバースといった未来の事業を衛星(サテライト)のように展開する。その根底に流れるのは、創業者・稲盛和夫の「利他の心」と、国際通信を担った歴史に由来する「公」への責任感だ。二つの源流から生まれた「つなぐチカラ」は、今、社会のあらゆるものを接続し、新たな価値を生み出す「社会実装インフラ」へと進化を遂げようとしている。その壮大なビジョンと、それを支えるESG・人的資本経営の核心に迫る。
序章ー通信の巨人、その視線の先にあるもの
2024年、KDDIが掲げるパーパスは、一見するとシンプルだ。「『つなぐチカラ』を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる。」[1]。しかし、この言葉の背後には、日本の通信史そのものを体現する企業の複雑な出自と、時代の要請に応え続けてきた自己変革の物語が幾重にも織り込まれている。そして、そのパーパスを補完するように、挑戦的なブランドメッセージが添えられる。「おもしろいほうの未来へ。」[2]。
安定したインフラを提供する通信事業者というパブリックイメージと、「おもしろい」という軽やかな響き。この組み合わせに、現在のKDDIの姿が凝縮されている。同社が「KDDI VISION 2030」で目指す3つの姿は、この両義性を見事に言い表している。「お客さまにいちばん身近に感じてもらえる会社」「ワクワクを提案し続ける会社」、そして「社会の持続的な成長に貢献する会社」[3]。生活に寄り添う親密さ、未来を拓く革新性、そして社会インフラを担う責任感。これら三つの要素は、時に相反するように見えながら、KDDIという巨大な船を未来へと推し進める、強力な推進力となっているのだ。
その航海の海図となるのが、中期経営戦略(2022-2025)の核をなす「サテライトグロース戦略」である[4]。これは、高品質な5G通信という強固なセンターコア(核)を基盤に、その周辺を周回する衛星(サテライト)のように、DX(デジタルトランスフォーメーション)、金融、エネルギー、LX(ライフトランスフォーメーション)、地域共創という5つの事業領域を成長させていくという野心的な構想だ。
例えば、2023年9月に開始された「auマネ活プラン」[5]は、通信契約と銀行、決済、証券といった金融サービスを融合させ、顧客の生活全体を包み込む「au経済圏」の構築を加速させる。また、法人向けには、ネットワークからデータセンターまでを統合したDXプラットフォーム「WAKONX」[6]を提供開始し、企業の変革をインフラレベルで支援する。さらにLXの領域では、ドローンや宇宙(Starlinkとの連携)、メタバース(αU)といった、かつての通信会社のイメージからは想像もつかないような未来事業に果敢に挑戦している[7]。
これらの動きは、単なる多角化ではない。KDDIが自らのアイデンティティを「通信インフラの提供者」から、そのインフラの上で新たな価値を共創し、社会に実装していく「プラットフォーマー」へと再定義しようとする、強い意志の表れなのである。
しかし、なぜKDDIはこのような変革を迫られ、そして実行できているのか。その答えを探るには、時計の針を大きく巻き戻し、この企業が持つ二つの異なる、そして強力なDNAの源流へと遡る必要がある。一つは、巨大な独占企業に果敢に挑んだベンチャーの魂。もう一つは、国家の通信を背負って立ったインフラ企業としての矜持。この二つの源流が、いかにして合流し、今日のKDDIという大河を形成したのか。その物語から、私たちの分析を始めよう。
第一章ー二つの源流、「利他」の挑戦者と「公」の守護者
現代のKDDIの企業文化や戦略を理解する上で、その成り立ちが極めて重要である。KDDIは、単一の企業が成長したのではなく、全く異なる出自と文化を持つ複数の企業が、時代の要請の中で合流して生まれた存在だ。その中でも、特に重要な源流が二つある。京セラ創業者・稲盛和夫が率いた第二電電(DDI)と、日本の国際通信を担ってきた国策会社、国際電信電話(KDD)である。
稲盛和夫の「動機善なりや、私心なかりしか」ーDDIの誕生
物語は1984年に始まる。当時、日本の通信市場は日本電信電話公社(現・NTT)による独占状態にあった。電話料金は高止まりし、国民の生活に重くのしかかっていた。この状況を打破すべく、政府は通信自由化へと舵を切る。多くの企業が新たなビジネスチャンスに色めき立つ中、一人の経営者が全く異なる動機からこの未踏の荒野に足を踏み入れた。京セラ創業者の稲盛和夫である。
彼を突き動かしたのは、事業機会の計算ではなかった。それは「国民のために、なんとか電話料金を安くしてあげたい」という、純粋で素朴な義憤にも似た感情だった[8]。稲盛は自著で繰り返し語っている。新しい事業を始める前には、必ず自らに「動機善なりや、私心なかりしか」と問うと。通信事業への参入は、まさにこの哲学の実践だった。彼は、京セラが持つ技術やノウハウが通信事業に直接活かせるわけではないことを理解していた。通信の専門家も、広大なインフラも持っていなかった。まさにゼロからのスタートであり、無謀な挑戦と見なす向きも少なくなかった。
しかし、稲盛の情熱は周囲を動かした。彼は全国を奔走し、通信自由化の意義と、競争原理を導入することがいかに国民のためになるかを説いて回った。そして1984年6月、第二電電企画株式会社(後の第二電電株式会社、DDI)が設立される[8]。DDIの挑戦は困難を極めた。全国に通信網を張り巡らせるNTTに対し、DDIはまず東京-名古屋-大阪という大動脈からマイクロ波回線を構築するところから始めなければならなかった。資金も人材も限られる中、彼らは文字通り、山頂にパラボラアンテナを担ぎ上げるような地道な努力を続けた[8]。
結果として、DDIは新規参入した3社(日本テレコム、日本高速通信)の中で最も不利な条件下にありながら、最高の売上と利益を達成するという快挙を成し遂げる[8]。これは、稲盛が京セラで培った「アメーバ経営」に代表される徹底した採算管理と、何よりも「利他の心」という大義が社員の心を一つにした結果であった。
このDDIの創業精神は、今日のKDDIのDNAに深く刻み込まれている。それは、単なる利益追求ではなく、社会への貢献を第一に考えるというフィロソフィであり、巨大な既存勢力に臆することなく挑戦するベンチャースピリットである。KDDIが掲げる「社会の持続的な成長に貢献する会社」[3]というビジョンは、この稲盛和夫の創業の志に直結しているのだ。
日本の窓口としてーKDDが築いた国際通信の礎
もう一つの源流は、DDIとは対照的な歴史を持つ。1953年に設立された国際電信電話株式会社(KDD)である[9]。戦後の復興期、日本の国際社会への復帰が急務となる中で、国際通信網の整備は国家的な重要課題であった。KDDは、この使命を担う国策企業として誕生した。
その役割は、まさに日本と世界を「つなぐ」ことであった。KDDの歴史は、日本の国際化の歴史そのものである。1964年、東京オリンピック開催に合わせて開通した第1太平洋横断ケーブル(TPC-1)は、日米間の安定した通信を可能にし、衛星を介したテレビ中継の成功は、世界がリアルタイムで繋がる時代の幕開けを告げた[9]。その後も、KDDは次々と光海底ケーブルを敷設し、日本の経済成長と国際交流を通信インフラの面から支え続けた。1989年には、当時世界最長となる光海底ケーブルTPC-3を開通させるなど、その技術力は世界でもトップクラスであった[9]。
KDDが培ったのは、国家の通信インフラを預かる者としての、極めて高いレベルの信頼性、安定性、そして技術力である。いかなる状況下でも通信を途絶えさせてはならないという強い責任感は、組織文化の隅々にまで浸透していた。これは、市場の競争原理の中で果敢に挑戦するDDIとは、全く異なる企業文化であった。いわば「公」の守護者としての矜持が、KDDのDNAだったのである。
このKDDのDNAは、今日のKDDIが持つインフラ企業としての側面に色濃く反映されている。Opensignal社の国際比較調査で、日本の通信品質が6部門中3部門で世界1位と評価されるなど、その高品質なネットワークは世界に誇るべき資産である[4]。この品質へのこだわりは、KDDから受け継がれた、社会インフラを担う者としての使命感の表れに他ならない。
このように、KDDIは「利他の心で挑戦するベンチャー」と「公の使命を担うインフラの巨人」という、二つの全く異なる、しかしどちらも強力なDNAを持って生まれた。この二つの源流は、2000年の大合併によって一つの流れとなる。それは、新たな価値創造の始まりであると同時に、壮絶な文化融合の試練の幕開けでもあった。
第二章ー混沌からの創造、「au」誕生と融合のジレンマ
20世紀末、日本の通信業界は大きな転換点を迎えていた。移動体通信、すなわち携帯電話の急速な普及である。市場はNTTドコモが圧倒的なシェアを握り、他の事業者はその牙城をいかにして崩すかという課題に直面していた。特に、次世代移動通信システム「IMT-2000」(後の3G)の導入を目前に控え、巨額の設備投資が必要となる中、単独での生き残りは困難であるとの認識が広まっていた。
このような背景のもと、日本の通信史に残る一大再編が断行される。2000年10月1日、長距離通信のDDI、国際通信のKDD、そしてトヨタ自動車系の移動体通信事業者であるIDO(日本移動通信)の3社が合併し、KDDI株式会社が誕生した[10]。売上高約2兆円、固定通信と移動体通信、国内通信と国際通信のすべてを網羅する、NTTに対抗しうる唯一の総合通信事業者がここに生まれたのである。
三社三様の文化、その衝突と融合
しかし、この「世紀の大合併」は、決して平坦な道のりではなかった。前章で述べたように、DDIとKDDの企業文化は水と油ほども違っていた。DDIは稲盛和夫の哲学が浸透し、コスト意識が高く、意思決定が速いベンチャー気質の集団。一方、KDDは国策会社としての歴史から、安定志向で手続きを重んじる、いわば「お役所的」とも言える文化を持っていた。そこに関東・中部地域で事業を展開していたIDOが加わる。異なる通信方式、異なるブランド、そして何よりも異なる価値観を持つ社員たちが、一つの会社のもとに集結したのだ。
合併後の社内では、様々な軋轢が生じたと伝えられる。稟議書の書き方一つをとっても、DDI流のシンプルなものと、KDD流の重厚なもので意見が対立した。人事制度や給与体系の統合も難航を極めた。しかし、この困難な状況を乗り越えさせ、組織を一つに束ねる強力な求心力となったのが、「打倒ドコモ」という共通の目標であった。
そして、この混沌の中から、新しいKDDIを象徴する革新的なブランドが生まれる。それが「au」である。
「au」ーそれは、新しいコミュニケーションの始まり
合併に先立つ2000年7月、それまで地域ごとに「DDIセルラー」や「IDO」として展開されていた携帯電話事業が、全国統一ブランド「au」として再出発した[11]。この「au」という名称には、新しいコミュニケーションへの想いが込められていた。AはAccess、Always、Amenityを、UはUnique、Universal、Userを意味する。それは、単なる通信サービスのブランド名ではなく、「より自由でヒトにやさしいコミュニケーションを、世界中の人々に提供したい」という意志表明であった[11]。
auブランドの立ち上げと同時に、携帯電話向けインターネット接続サービス「EZweb」も本格的に始動する。auは、単に「話す」ための道具としての携帯電話ではなく、インターネットに接続し、様々なコンテンツやサービスを楽しむための「情報端末」としての可能性を追求し始めた。
このauの思想を鮮やかに体現し、社会現象を巻き起こしたのが、2002年に開始された「着うた」サービスである[12]。それまでの着信音は、単調な電子音(着信メロディ)が主流だった。しかし「着うた」は、CDに収録されているアーティストの歌声をそのまま着信音に設定できるという画期的なサービスだった。これは、携帯電話で音楽を「所有」し、「楽しむ」という新しい文化を創出した瞬間であった。
「着うた」の成功は、KDDIにとって極めて大きな意味を持っていた。第一に、それは技術的な優位性を示した。当時主流だった通信方式よりもデータ通信に強い方式を採用していたauだからこそ実現できたサービスであり、技術力で市場をリードできることを証明した。
第二に、そしてより重要なのは、KDDIが単なる「土管屋」、つまり通信インフラを提供するだけの存在ではなく、そのインフラの上で人々が熱狂するような「体験」や「文化」を創造できる企業であることを示したことだ。「着うた」は、2006年に始まる総合音楽サービス「LISMO」へと発展し、モバイル音楽市場という巨大なマーケットを切り拓いていく[12]。この「通信×エンターテインメント」という融合戦略は、他社に先駆けたKDDIの独自路線となり、後の事業展開の大きな布石となった。
この成功体験は、DDIの挑戦者精神と、KDDの技術力が、合併という化学反応を経て見事に結実した最初の事例と言えるだろう。異なる文化の衝突から生まれたエネルギーが、既存の枠組みを破壊し、新たな価値を創造する原動力となったのだ。auの誕生と「着うた」の成功は、KDDIが単なる寄せ集めの組織ではなく、独自のアイデンティティを持つ一つの企業として歩み始めたことを力強く宣言する出来事だったのである。この経験が、後のサテライトグロース戦略へと繋がる「通信の枠を超える」という発想の原点となったことは、想像に難くない。
第三章ーサテライトグロース戦略の深層、「つなぐチカラ」の多次元展開
時代は2020年代へ。スマートフォンは社会の隅々まで浸透し、通信は空気や水のように当たり前の存在となった。通信事業者間の競争は激化し、単なる料金競争だけでは持続的な成長は見込めない。このような状況下で、KDDIは自らの存在意義を改めて問い直し、未来への壮大なビジョンを打ち出した。それが「KDDI VISION 2030」と、その実行エンジンである「サテライトグロース戦略」である。
その核心にあるのは、パーパスとして掲げられた「『つなぐチカラ』を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる。」[1]という言葉だ。ここで注目すべきは、「進化させ」という部分である。KDDIが定義する「つなぐ」は、もはや人と人、人と情報をつなぐ通信だけを指すのではない。モノ(IoT)、データ、金融、エネルギー、地域社会、そして人々の夢や希望といった、有形無形のあらゆるものを縦横無尽につなぎ合わせ、そこから新たな価値を生み出すことへと、その意味を拡張しているのだ。
センターコアとサテライトー事業構造の再設計
このビジョンを具現化するための経営戦略が「サテライトグロース戦略」である[4]。この戦略は、KDDIの事業構造を、太陽系の惑星系になぞらえて再定義する。
センターコア(核): 中心に位置するのは、KDDIの事業の根幹である通信事業だ。高品質で強靭な5G通信網は、全ての事業の基盤となる。KDDIは、5G基地局数(約9.4万局)や、より高速なSub6エリアの広さ(約3.9万局)で業界をリードしており、この揺るぎない通信品質こそが最大の競争優位性であると位置づけている[4]。このセンターコアから生み出される安定した収益と、数千万に及ぶ顧客接点が、新たな成長領域への投資の原資となる。
サテライト(衛星): この強力なセンターコアの引力に引き寄せられるように、5つの成長領域が周回する。DX、金融、エネルギー、LX(ライフトランスフォーメーション)、地域共創。これらは、単独で成長するだけでなく、相互に連携し、またセンターコアである通信事業とも連携することで、相乗効果を生み出すことが期待されている。
この戦略の巧みさは、通信事業を単なる「金のなる木(Cash Cow)」としてではなく、新たな価値創造の「プラットフォーム」として捉え直した点にある。顧客は通信サービスを利用するためにKDDIと接点を持つが、その接点をトリガーとして、生活やビジネスのあらゆる場面でKDDIのサービス群に自然に触れることになる。このエコシステムを構築することが、サテライトグロース戦略の真の狙いなのである。
各サテライトが描く成長軌道
金融領域ー生活に溶け込む経済圏の構築: 金融領域における象徴的な取り組みが、2023年に開始された「auマネ活プラン」だ[5]。これは、auの通信サービスを契約することで、auじぶん銀行の円普通預金金利が優遇されたり、au PAYカードでの決済やauカブコム証券での投信積立で得られるPontaポイントの還元率が上がったりする、通信と金融を強力に連携させたプランである。
この戦略の背景には、通信事業で得られる安定した顧客基盤と、決済(au PAY)、電力(auでんき、約350万世帯が契約[5])といった生活インフラサービスを組み合わせることで、顧客の生活における「au経済圏」のシェアを最大化しようという狙いがある。顧客は、意識することなくKDDIのサービス群を使い、その中でポイントが貯まり、そのポイントがまたKDDIのサービスで消費される。この価値の循環を生み出すことで、顧客一人当たりの生涯価値(LTV)を高め、解約率を低下させることができる。これは、もはや通信会社ではなく、顧客の生活全体をデザインするライフデザインカンパニーへの変貌を目指す試みである。
DX領域ーインフラ企業としての真骨頂: 法人向け事業では、2024年5月に提供を開始したDXプラットフォーム「WAKONX」が中核を担う[6]。これは、KDDIが持つネットワーク、IoT、データセンターといった強固なアセットを統合し、企業のデジタルトランスフォーメーションをワンストップで支援するサービスだ。
この動きは、DDI時代から培ってきた法人向けソリューション提供のノウハウと、KDD時代から受け継ぐ大規模インフラの構築・運用能力という、KDDIの二つのDNAが見事に融合した領域と言える。多くのITベンダーがアプリケーションやコンサルティングからDXにアプローチするのに対し、KDDIは通信インフラという最も根源的なレイヤーからアプローチできるという絶対的な強みを持つ。「WAKONX」は、その強みを最大限に活かし、企業のビジネス基盤そのものを変革しようとする野心的なプラットフォームなのである。
LX領域ー「おもしろいほうの未来」への挑戦: サテライトグロース戦略の中で、最も未来志向で、KDDIの変革への意志を象徴しているのがLX(ライフトランスフォーメーション)領域だろう。ここでは、ドローンによる物流やインフラ点検、SpaceX社の衛星ブロードバンド「Starlink」との連携による山間部や海上での高速通信の実現、Web3/メタバースプラットフォーム「αU」の開発、スポーツやエンターテインメント体験の革新、そしてヘルスケアといった、5つの重点分野が設定されている[7]。
これらの事業は、すぐに大きな収益を生むものではないかもしれない。しかし、これらはKDDIがブランドメッセージとして掲げる「おもしろいほうの未来へ。」[2]を具体化するための、未来への投資である。通信技術というコアコンピタンスを軸に、社会課題の解決(例えば、ドローンによる地方の物流問題解決)と、新たな生活体験の創造(例えば、メタバースでのライブ参加)を同時に実現しようとしている。
ここには、稲盛和夫の「利他の心」と、auが「着うた」で示した「文化創造」の精神が色濃く反映されている。通信を社会の隅々に行き渡らせるだけでなく、その力を使って人々の生活そのものを、より豊かでワクワクするものに変えていく。これこそが、LX領域に込められたKDDIの究極的な目標なのである。
サテライトグロース戦略は、単なる事業の多角化戦略ではない。それは、KDDIが持つ二つの源流ー「利他の挑戦者」と「公の守護者」ーのDNAを現代的に再解釈し、通信という基盤の上で社会のあらゆる課題解決と価値創造を担う「社会実装インフラ企業」へと自らを昇華させようとする、壮大な自己変革のブループリントなのだ。
第四章ー経営のOS、ESGと人的資本という両輪
KDDIが掲げる壮大な「サテライトグロース戦略」は、強力な事業計画だけでは実現できない。この複雑で多岐にわたる戦略を推進し、持続的な成長を可能にするためには、企業経営の根幹をなすオペレーティングシステム(OS)そのものが、ビジョンと完全に同期している必要がある。KDDIにおいて、そのOSの役割を担っているのが、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営と人的資本経営である。これらは、単なる社会貢献活動や人事制度ではなく、事業戦略と不可分に結びついた、経営そのものなのである。
社会の持続可能性への貢献ーESG経営の必然性
KDDIのような巨大な通信インフラ企業にとって、ESGへの取り組みは、企業の社会的責任(CSR)という次元をはるかに超え、事業の持続可能性そのものに関わる経営課題である。
Environment(環境): 通信事業は、無数の基地局やデータセンターを稼働させるために、膨大な電力を消費するエネルギー多消費産業である。気候変動が地球規模の課題となる中、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みは、環境負荷の低減という社会的要請に応えるだけでなく、将来のエネルギーコストの上昇リスクや規制強化に備えるための、極めて重要な経営戦略となる。省エネルギー技術の開発や再生可能エネルギーの導入は、コスト競争力を維持し、事業を継続していくための生命線なのだ。
Social(社会): KDDIの事業そのものが、本質的に「社会性」を帯びている。その原点は、稲盛和夫がDDIを設立した際の「国民のために電話料金を下げたい」[8]という強い想いに遡る。この「社会のために」という精神は、現代においては「社会の持続的な成長に貢献する会社」[3]を目指すというビジョンに受け継がれている。 具体的には、災害時にも途切れない強靭な通信インフラの維持・提供、離島や山間部におけるデジタルデバイド(情報格差)の解消(Starlinkとの連携[7]はその一例)、そして子どもたちへの情報モラル教育など、その活動は多岐にわたる。これらは、KDDが担ってきた「公」の役割と、DDIが掲げた「利他」の精神が、現代の社会課題に応える形で統合されたものと言えるだろう。KDDIにとって、社会課題の解決は事業機会そのものであり、ESG経営はサテライトグロース戦略の根幹をなす価値創造の源泉なのである。
Governance(ガバナンス): DDI、KDD、IDOという出自の異なる3社が合併して生まれたKDDIにとって、強固で透明性の高いガバナンス体制の構築は、創業以来の重要課題であった。多様なバックグラウンドを持つ人材や組織を一つのベクトルにまとめ、サテライトグロース戦略のような複雑な経営を遂行するためには、取締役会の監督機能の実効性や、リスク管理体制の強化が不可欠である。特に、金融やエネルギーといった規制の厳しい事業領域へ進出する上で、高いレベルのガバナンスは、社会からの信頼を獲得し、事業を安定的に成長させるための大前提となる。
イノベーションの源泉ー人的資本経営の戦略的意義
サテライトグロース戦略が成功するか否かは、最終的にはそれを実行する「人」にかかっている。通信の専門家だけでなく、金融、DX、エネルギー、そしてメタバースや宇宙事業といった最先端領域のプロフェッショナルが、それぞれの専門性を発揮し、かつ領域を超えて協働しなければ、この戦略は絵に描いた餅に終わる。だからこそ、KDDIにとって人的資本経営は、人事部のマターではなく、経営戦略そのものなのである。
目指すべきは、「ワクワクを提案し続ける会社」[3]というビジョンを体現できる組織文化の醸成だ。そのためには、社員一人ひとりが自律的にキャリアを形成し、挑戦を恐れずに新しい価値創造に取り組める環境が必要となる。KDDIが進める「KDDI版ジョブ型人事制度」の導入や、全社員を対象としたDX研修プログラムの推進は、まさにこのための施策である。社員のスキルを専門性に基づいて明確に定義し、適材適所を実現するとともに、全社的なデジタルリテラシーを底上げすることで、組織全体の変革対応能力を高めようとしている。
これは、過去の成功体験に安住することなく、常に変化し続けなければ生き残れないという強い危機感の表れでもある。通信事業という安定したセンターコアを持つがゆえに、組織が硬直化し、内向きになるリスクは常につきまとう。そのリスクを乗り越え、DDIが持っていたようなベンチャースピリットを組織の隅々にまで再燃させること。それが、KDDIの人的資本経営に課せられた最大のミッションだ。
そして、その根底には、DDIの源流である稲盛和夫の経営哲学、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という考え方が流れている。社員が自らの仕事に誇りを持ち、成長を実感し、ワクワクしながら働くことができなければ、顧客に「ワクワク」を提供することなどできはしない。社員の幸福を追求することが、結果として企業の成長と社会への貢献につながる。このフィロソフィが、現代の人的資本経営の文脈において、改めてその重要性を増しているのである。
ESG経営と人的資本経営は、サテライトグロース戦略というロケットを、正しい方向へと導き、安定した飛行を続けさせるための両翼である。社会からの信頼という重力を獲得し、社員の情熱という燃料を燃焼させることで、KDDIは「おもしろいほうの未来」という、まだ見ぬ軌道へと向かっていくのだ。
終章ー「おもしろいほうの未来」への航海、その挑戦と課題
KDDIの物語を紐解く旅は、我々を二つの源流へと導いた。一つは、稲盛和夫が「国民のために」という利他の心で立ち上げた挑戦者、DDI。もう一つは、日本の国際化をインフラで支えた公の守護者、KDD。この相異なるDNAは、2000年の合併というるつぼの中でぶつかり合い、融合し、そして「au」という新たな価値観を生み出した。その後の「着うた」の成功は、通信の枠を超えて人々の生活や文化を豊かにするという、現在のKDDIへと続く航路を照らし出す、最初の灯台の光であった。
そして今、KDDIは「サテライトグロース戦略」という壮大な海図を手に、次なる航海へと乗り出している。通信という強力なエンジン(センターコア)を搭載した母船から、金融、DX、LXといった数々の探査艇(サテライト)を繰り出し、未知の大陸を目指す。その羅針盤となるのが、「『つなぐチカラ』を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる。」[1]というパーパスである。これは、かつて人と人とをつないだ通信技術を、今度は社会のあらゆる要素をつなぎ、課題を解決し、新たな価値を共創する「社会実装インフラ」へと進化させるという、壮大な宣言に他ならない。
この航海は、まさにKDDIが持つ二つのDNAの集大成と言えるだろう。社会課題の解決を目指すという点ではDDIの「利他」の精神が、そして社会の基盤となるインフラを構築するという点ではKDDの「公」への責任感が、見事に統合されている。
しかし、この未来への航海は、決して順風満帆ではない。KDDIの前には、いくつかの大きな挑戦と課題が横たわっている。
第一に、複雑化する事業ポートフォリオのマネジメントである。5つの成長領域は、それぞれが専門性の高い事業であり、成功のためには多大な経営資源を要する。これらの事業が互いにシナジーを生み、企業全体の価値向上に繋がるのか、それとも資源を分散させ、かえって中途半端な結果に終わるリスクはないのか。この巨大で複雑な事業体を、一つのビジョンのもとに統合し、効率的に運営していく経営手腕が厳しく問われる。
第二に、巨大組織におけるイノベーションの維持という、普遍的な課題である。売上高数兆円、従業員数万人という巨大企業において、DDI創業時のようなベンチャースピリットや、au立ち上げ時のような創造的なエネルギーをいかにして維持し、再生産し続けるか。官僚化やセクショナリズムといった大企業病を排し、現場からの挑戦を促す文化を醸成し続けられるかが、LX領域[7]のような未来事業の成否を分けるだろう。
そして第三に、「通信」への回帰圧力とのバランスである。KDDIがどれだけ事業の多角化を進めても、社会がKDDIに求める第一の役割は、安定した通信サービスの提供であることに変わりはない。大規模な通信障害が発生すれば、社会活動は麻痺し、同社は厳しい批判に晒される。未来への挑戦と、足元のインフラを盤石に守るという使命。この二つの間で、経営資源と組織の意識をいかにバランスさせるか。これは、通信を祖業とする企業が未来を切り拓く上で、永遠に付きまとうジレンマと言える。
KDDIが掲げるブランドメッセージ、「おもしろいほうの未来へ。」[2]。この言葉は、単なる顧客への呼びかけではない。それは、KDDI自身が常に選択を迫られている、自らへの問いかけでもある。安定した現状維持という「退屈なほうの未来」か、それとも困難やリスクを伴うが、新たな価値創造の可能性に満ちた「おもしろいほうの未来」か。
KDDIのこれまでの歴史は、常に後者を選び続けてきた物語であった。独占への挑戦、異文化の融合、そして通信の枠を超える試み。その航海の先にどのような景色が広がっているのか、まだ誰にもわからない。しかし、その羅針盤が、創業から受け継がれるフィロソフィと、未来への飽くなき探求心である限り、その航海は、我々の社会をより豊かで、刺激的な場所へと導いてくれるに違いない。KDDIの「つなぐチカラ」が、次に何と何をつなぎ、どんな「おもしろい未来」を見せてくれるのか。我々はその挑戦から、目を離すことができない。
▶出典(12件)
- KDDI VISION 2030のパーパス(KDDI - Wikipedia)
- KDDIブランドメッセージ(KDDI - Wikipedia)
- KDDIが目指す3つの姿(KDDI - Wikipedia)
- サテライトグロース戦略(中期経営戦略2022-2025)(KDDI - Wikipedia)
- 通信×金融の融合「auマネ活プラン」
- 法人向けDXプラットフォーム「WAKONX」(KDDI - Wikipedia)
- LX(Life Transformation)5分野への挑戦(KDDI - Wikipedia)
- 稲盛和夫による第二電電(DDI)創業(1984年)
- 前身KDD設立と国際通信の歴史(1953年)
- DDI・KDD・IDO三社合併によるKDDI発足(2000年)
- モバイルブランド「au」誕生(2000年)
- 着うた・LISMO等モバイル音楽分野の開拓
使用データ一覧
| コンテキスト | 年度 | 値 | 出典 |
|---|---|---|---|
KDDI VISION 2030のパーパス | 2024年 | 「つなぐチカラ」を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる。 | KDDI - Wikipedia |
KDDIブランドメッセージ | 2024年 | おもしろいほうの未来へ。 | KDDI - Wikipedia |
KDDIが目指す3つの姿 | 2024年 | お客さまにいちばん身近に感じてもらえる会社、ワクワクを提案し続ける会社、社会の持続的な成長に貢献する会社 | KDDI - Wikipedia |
サテライトグロース戦略(中期経営戦略2022-2025) | 2024年 | 5G通信・Data Driven・生成AIを基盤に、DX・金融・エネルギー・LX・地域共創の5領域で通信を超えた事業成長を推進する「サテライトグロース戦略」を展開。 | KDDI - Wikipedia |
通信×金融の融合「auマネ活プラン」 | 2023年 | 2023年9月、通信と金融特典をセットにした「auマネ活プラン」を提供開始。auでんき(約350万世帯)、au PAY等と合わせ、通信を軸とした生活圏経済の構築を推進。 | - |
法人向けDXプラットフォーム「WAKONX」 | 2024年 | 2024年5月、ネットワーク・IoT・データセンターを統合した法人向けDXプラットフォーム「WAKONX」を提供開始。通信事業者としてのインフラ優位性をBtoB領域で展開。 | KDDI - Wikipedia |
LX(Life Transformation)5分野への挑戦 | 2024年 | モビリティ(ドローン)、宇宙(Starlink連携)、Web3/メタバース(αUプラットフォーム)、スポーツエンタメ、ヘルスケアの5分野で通信技術を活用した新事業を展開。 | KDDI - Wikipedia |
稲盛和夫による第二電電(DDI)創業(1984年) | 1984年 | 1984年6月、京セラ創業者・稲盛和夫がNTT独占打破のため第二電電(DDI)を設立。「国民のために電話料金を下げたい」という利他の動機で通信事業に参入。 | - |
前身KDD設立と国際通信の歴史(1953年) | 1953年 | 1953年、国際電信電話株式会社(KDD)設立。1964年の第1太平洋横断ケーブル(TPC-1)開通、日米間テレビ中継成功など、日本の国際通信インフラを構築。 | - |
DDI・KDD・IDO三社合併によるKDDI発足(2000年) | 2000年 | 2000年10月、DDI(第二電電)・KDD(国際電信電話)・IDO(日本移動通信)の三社が合併しKDDI株式会社が発足。売上高約2兆円規模の総合通信企業が誕生。 | - |
モバイルブランド「au」誕生(2000年) | 2000年 | 2000年7月、全国統一モバイルブランド「au」を開始。A=Access/Always/Amenity、U=Unique/Universal/Userを表し、「より自由でヒトにやさしいコミュニケーション」を体現。 | - |
着うた・LISMO等モバイル音楽分野の開拓 | 2002年 | 2002年、業界初のCD音源を携帯電話にダウンロードする「着うた」開始。2006年にはLISMOで総合音楽サービスを展開し、モバイル音楽市場を創出。 | - |
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