Key Metrics at a Glance
CO2排出量1トンが生む利益は2.5億円 ー 環境効率の劇的改善が示すもの
キーエンスの2025年度における経営実態を分析すると、その根幹にある「付加価値の最大化」という哲学が、ESG経営においても強力な推進力となっていることが鮮明になる。単なる環境負荷の削減ではなく、「環境効率性」という観点から、同社は驚異的な成果を上げている。これは、サステナビリティをコストではなく、事業効率を高めるための新たな指標として捉えている証左と言えよう。
1. 利益成長が環境負荷を凌駕する「デカップリング」の実現
最も注目すべきは、環境負荷あたりの収益性の劇的な向上である。2025年度、CO2排出量(スコープ1+2)1トンあたりの売上総利益は2.5億円に達し1、前年度の2億円2から実に25%も向上した。これは、同期間にCO2排出量の絶対量を3,848トン2から3,427トン1へと削減しながら達成されたものであり、事業成長と環境負荷の「デカップリング」が加速していることを示唆している。同様の傾向は他の指標にも見られ、電気使用量1MWhあたりの売上総利益も9,000万円3から1億円4へと向上している。
2. 人材こそが付加価値の源泉という思想
キーエンスは、こうした高い付加価値を生み出す源泉を「人材」であると明言している5。具体的な人的資本データは限定的だが、この驚異的な環境効率性の向上は、単なる設備投資の結果ではなく、従業員一人ひとりが「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」6という理念を現場レベルで実践した結果と解釈できる。日々の業務における無駄の排除、効率的なエネルギー利用、廃棄物削減への意識が、マクロな数字として現れているのだ。
3. サプライチェーン(Scope3)という次なるフロンティア
一方で、課題も浮き彫りになっている。自社の直接的な排出量であるスコープ1+2を削減する一方で、サプライチェーン全体の排出量であるスコープ3は1,239,243トン7から1,241,073トン8へと微増している。スコープ3排出量あたりの売上総利益も40万円9から50万円10へと改善しているものの、その絶対額の大きさは無視できない。自社の効率性を極限まで高めてきたキーエンスにとって、今後はファブレスメーカーとしてサプライヤーを巻き込み、バリューチェーン全体で付加価値を向上させるという新たな挑戦が求められている。
「最小の資本と人で最大の付加価値を」ー 永続を追求する経営哲学
キーエンスのあらゆる企業活動の根底には、驚くほどシンプルかつ強力な理念体系が存在する。その究極の目的は「会社を永続させる」こと11であり、そのための方法論として「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」6という考え方が一貫して追求されている。
この理念は、単なるスローガンではない。事業戦略、組織運営、そしてESGへの取り組みに至るまで、すべての意思決定を方向づける羅針盤として機能している。例えば、事業目的は「ものづくりの現場で起きているさまざまな課題を、商品を通じて解決すること」12と定義される。これは、顧客の課題解決という「付加価値」を提供すること自体がビジネスの中核であるという宣言に他ならない。
さらに、社会貢献に対する考え方もユニークだ。一般的な慈善活動とは一線を画し、「今まで世の中になかった新たな価値を生み出し続けること」13こそが最大の社会貢献であると位置づけている。この思想は、企業の社会的責任(CSR)を本業と切り離して考えるのではなく、事業活動そのものを通じて社会的責任を果たす14という、極めて実践的なアプローチを示している。ESGへのコミットメントもまた、「持続的な成長と高い収益性の実現を目指す」15という文脈で語られており、理念との強い整合性が見て取れる。このブレない軸が、キーエンスを比類なき高収益企業へと押し上げ、同時に効率的なESG経営をも可能にしているのである。
ファブレスと直販が生む高収益、その論理的帰結としてのESG
キーエンスの経営理念「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」6は、その独特なビジネスモデルによって具現化されている。工場を持たないファブレス経営と、代理店を介さない直販体制。この二つが、驚異的な利益率と効率的なESGパフォーマンスを両立させる原動力となっている。
ファブレス経営は、巨額の設備投資を不要にし、資本効率を極限まで高める。これにより、自社の環境負荷(スコープ1+2)を製造業としては極めて低いレベルに抑制できる。実際に、2025年度のGHG排出量(スコープ1+2)は3,427トン1に留まっており、これは同社の事業規模から見れば極めて小さい。資源投入量を最小化するという点で、ファブレスは理念と完全に合致した戦略と言える。
一方、営業担当者が顧客の製造現場に直接入り込み、潜在的な課題を発見・解決する直販モデルは、付加価値創造の源泉だ。顧客のニーズを的確に捉え、「今まで世の中になかった」13製品を開発することで、価格競争とは無縁の高い利益率を確保する。このプロセスは、顧客の生産性向上や省エネ、品質改善に直結するため、キーエンスの製品を導入すること自体が、顧客にとってのサステナビリティ向上に貢献する。まさに、「商品を通じた社会的課題の解決」16を体現するモデルである。
このように、高収益を生み出すビジネスモデルそのものが、結果として環境負荷を抑制し、社会的な価値を創造する構造になっている。キーエンスにとってESGは後付けの活動ではなく、事業戦略の論理的な帰結なのである。
「付加価値の源泉は人材」ー 超効率経営を支える人間尊重の思想
キーエンスは「高い付加価値を生み出すのは人材です」と断言し、「人間性を尊重する職場づくり」と「主体性を持って仕事に取り組める環境」の整備に力を入れている5。具体的なD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に関する定量データは今回のファクトからは読み取れないものの、この思想が同社の強靭な経営基盤を形成していることは間違いない。
同社の掲げる「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」6という理念は、裏を返せば、一人ひとりの従業員が生み出す付加価値が極めて高いことを意味する。これを実現するためには、個々の能力を最大限に引き出し、自律的に思考し行動できる人材が不可欠だ。営業担当者が顧客の課題を深く理解し、開発部門に的確にフィードバックする。開発者はその情報をもとに、世界初・業界初の製品を創出する。このサイクルを高速で回す組織能力こそが、キーエンスの競争優位性の核心である。
環境効率性の劇的な向上も、この文脈で捉えることができる。CO2排出量1トンあたりの売上総利益が1年で25%も向上した12背景には、全社員がコスト意識と効率性を徹底的に追求する文化が根付いているからに他ならない。それは、トップダウンの指示系統だけでは達成不可能な領域であり、個々人が主体性を持って改善に取り組んだ成果の集積と言えるだろう。
今後の課題は、こうした暗黙知的な強みを、人的資本経営という現代的なフレームワークの中でいかに可視化し、開示していくかにある。多様な人材が活躍できる環境を定量的に示すことができれば、キーエンスの「人間尊重」の思想はさらに説得力を増し、持続的な成長への期待をより強固なものにするだろう。
「世の中になかった新たな価値」こそが、キーエンスの社会貢献である
キーエンスの社会貢献に対するアプローチは、その事業目的と分かちがたく結びついている。同社は、社会貢献を「今まで世の中になかった新たな価値を生み出し続けること」13と定義し、本業を通じて社会的責任を果たす14ことを明確に打ち出している。
この哲学は、同社の製品群に具体的に表れている。FA(ファクトリーオートメーション)用のセンサや画像処理システム、測定器などは、ものづくりの現場における品質向上、生産性改善、安全性確保、省エネルギー化といった喫緊の課題を解決するために開発されている。例えば、高精度のセンサは不良品の発生を未然に防ぎ、資源の無駄を削減する。自動化システムは、危険な作業から人間を解放し、労働環境を改善する。これらはすべて、SDGs(持続可能な開発目標)の達成にも寄与する重要な価値だ。
つまり、キーエンスの製品が世界中の工場に導入され、活用されること自体が、グローバルな社会課題の解決に繋がっているのである。この「事業活動=社会貢献」というモデルは、極めて持続可能性が高い。なぜなら、社会にとって有益な製品であればあるほど、企業の収益も向上し、さらなる研究開発投資へと繋がり、より高度な価値創造が可能になるという好循環が生まれるからだ。
法令遵守や省資源・省エネルギーといった基本的な責務15を果たした上で、自社のコアコンピタンスである「価値創造」に社会貢献の軸足を置く。この戦略的な姿勢こそが、キーエンスのブランド価値を高め、社会からの信頼を獲得する源泉となっている。
経年変化の読み解き ー 2024年から2025年への軌跡
| 指標 | 2024年 | 2025年 | 変化 | 分析 |
|---|---|---|---|---|
| GHG排出量 (Scope1+2) | 3,848 t-CO2 2 | 3,427 t-CO2 1 | ▼10.9% | 事業活動の効率化により、自社起因の温室効果ガス排出量の絶対量削減に成功している。 |
| 売上総利益/CO2排出量 (Scope1+2あたり) | 20,000 万円/t 2 | 25,000 万円/t 1 | ▲25.0% | 排出量削減を上回るペースで収益性を高めており、環境効率が劇的に改善していることを示す。 |
| GHG排出量 (Scope3) | 1,239,243 t-CO2 7 | 1,241,073 t-CO2 8 | ▲0.1% | サプライチェーン全体の排出量は横ばいから微増。自社努力だけではカバーしきれない領域での取り組みが今後の課題。 |
| 電気使用量 | 8,000 MWh 17 | 8,500 MWh 18 | ▲6.3% | 事業拡大に伴い、エネルギー消費の絶対量は増加傾向にある。 |
| 売上総利益/電気使用量あたり | 9,000 万円/MWh 3 | 10,000 万円/MWh 4 | ▲11.1% | 電気使用量の増加率を上回る収益成長を達成しており、エネルギー生産性は向上している。 |
| 産業廃棄物 | 140 t 19 | 156 t 20 | ▲11.4% | 電気使用量と同様に、事業規模の拡大が廃棄物量の増加に繋がっている可能性がある。 |
| 1tあたりの売上総利益(産業廃棄物) | 5,500 百万円/t 21 | 5,694 百万円/t 22 | ▲3.5% | 廃棄物あたりの収益性も向上しており、全体として経営効率が高まっていることがわかる。 |
「付加価値」のレンズで見るESG ー キーエンスの強みと次なる挑戦
キーエンスの経営を分析すると、ESGやサステナビリティという言葉が流行するずっと以前から、その本質を実践してきた企業の姿が浮かび上がる。「付加価値」という普遍的なレンズを通して全ての企業活動を評価する同社のアプローチは、現代のESG経営においても極めて有効であり、その強みと今後の課題を明確に示している。
強み:理念と一体化した「超効率ESG」
キーエンス最大の強みは、「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」6という経営理念が、ESG活動と完全に一体化している点にある。環境負荷をコストではなく、効率性を測る分母として捉え、その最小化と分子である付加価値の最大化を同時に追求する。その結果が、CO2排出量あたりの売上総利益25%向上12という驚異的な「環境効率性」に結実している。これは、多くの企業が目指す「経済価値と社会価値の両立」を、高い次元で実現している稀有な事例と言える。
課題:情報開示とサプライチェーンへの展開
一方で、その卓越したパフォーマンスを外部に十分に伝えきれているかという点には課題が残る。特に、同社の競争力の源泉である「人材」に関する定量的な情報開示は限定的だ。卓越した成果を支える組織文化や人材育成の仕組みを具体的に示すことは、投資家や社会からの信頼をさらに高める上で不可欠となるだろう。 また、事業面での次なる挑戦は、自社内で徹底してきた付加価値向上の哲学を、広大なサプライチェーン(スコープ3)へと展開していくことだ。微増傾向にあるスコープ3排出量8の管理・削減は、ファブレスメーカーとしての重要な責務であり、取引先との協業を通じてバリューチェーン全体の効率性を高めていく新たなステージが待っている。
今後の注目ポイント
今後のキーエンスを評価する上で注目すべきは、以下の3点だ。
- Scope3削減への具体的戦略:サプライヤーとのエンゲージメントを強化し、バリューチェーン全体での環境負荷削減にどう取り組むか。
- 人的資本の可視化:高い付加価値を生み出す人材の育成・活用に関する定量的な目標や実績を開示できるか。
- 絶対量と効率性の両立:事業成長に伴い増加傾向にあるエネルギー消費や廃棄物の絶対量を抑制しつつ、さらなる効率性向上を達成できるか。
「会社を永続させる」11という壮大な目標に向け、キーエンスが「付加価値」という羅針盤を手に、これらの新たな課題をいかに解決していくのか。その動向は、日本企業が目指すべきサステナビリティ経営の一つの理想形を示唆している。
出典
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.44, 「環境数値データ」, (2024年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2024年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.56, 「働きがいのある職場の実現」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.5, 「付加価値の高い商品を創造し、社会に貢献する」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.44, 「環境数値データ」, (2024年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.44, 「環境数値データ」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2024年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.47, 「ガバナンス」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.47, 「戦略」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.47, 「戦略」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.47, 「戦略」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.5, 「付加価値の高い商品を創造し、社会に貢献する」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.6, 「商品を通じた社会的課題の解決」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2024年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2024年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.45, 「環境数値データ」, (2025年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.46, 「環境数値データ」, (2024年度)
- KEYENCE Sustainability Information, p.45, 「環境数値データ」, (2025年度)
使用データ一覧
| コンテキスト | 年度 | 値 | 出典 |
|---|---|---|---|
働きがいのある職場の実現に向けたビジョン 「働きがいのある職場の実現」 | 2025年 | 高い付加価値を生み出すのは人材です。人間性を尊重する職場づくりにも力を入れ、主体性を持って仕事に取り組める環境を整えています。 | KEYENCE Sustainability Information p.56 |
企業理念と追求する価値 「付加価値の高い商品を創造し、社会に貢献する」 | 2025年 | 「会社を永続させる」「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」という考えのもと、「付加価値の創造」と「事業効率」を追求 | KEYENCE Sustainability Information p.5 |
経営理念 「ガバナンス」 | 2025年 | 会社を永続させる | KEYENCE Sustainability Information p.47 |
事業目的 「戦略」 | 2025年 | ものづくりの現場で起きているさまざまな課題を、商品を通じて解決すること | KEYENCE Sustainability Information p.47 |
社会貢献の考え方 「戦略」 | 2025年 | 今まで世の中になかった新たな価値を生み出し続けること | KEYENCE Sustainability Information p.47 |
社会的責任の認識 「戦略」 | 2025年 | 事業活動や商品を通じて、環境保護をはじめとする社会的責任を果たすこと | KEYENCE Sustainability Information p.47 |
ESGへのコミットメントと持続的成長 「付加価値の高い商品を創造し、社会に貢献する」 | 2025年 | 法令遵守、省資源・省エネルギー、地球環境配慮、付加価値の高い商品創造を通じた社会貢献により持続的な成長と高い収益性の実現を目指す | KEYENCE Sustainability Information p.5 |
商品を通じた社会的課題の解決 「商品を通じた社会的課題の解決」 | 2025年 | 商品を通じた社会的課題の解決 | KEYENCE Sustainability Information p.6 |
| コンテキスト | 年度 | 値 | 出典 |
|---|---|---|---|
売上総利益(CO2排出量スコープ1+2あたり) 「環境数値データ」 | 2025年 | 25000 万円/1t-CO2 | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
温室効果ガス(GHG)排出量 スコープ1 「環境数値データ」 | 2024年 | 179 t-CO2 | KEYENCE Sustainability Information p.44 |
売上総利益(電気使用量あたり) 「環境数値データ」 | 2024年 | 9000 万円/1MWh | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
売上総利益(電気使用量あたり) 「環境数値データ」 | 2025年 | 10000 万円/1MWh | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
温室効果ガス(GHG)排出量 スコープ3 「環境数値データ」 | 2024年 | 1239243 t-CO2 | KEYENCE Sustainability Information p.44 |
温室効果ガス(GHG)排出量 スコープ3 「環境数値データ」 | 2025年 | 1241073 t-CO2 | KEYENCE Sustainability Information p.44 |
売上総利益(CO2排出量スコープ3あたり) 「環境数値データ」 | 2024年 | 40 万円/1t-CO2 | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
売上総利益(CO2排出量スコープ3あたり) 「環境数値データ」 | 2025年 | 50 万円/1t-CO2 | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
電気使用量 「環境数値データ」 | 2024年 | 8000 MWh | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
電気使用量 「環境数値データ」 | 2025年 | 8500 MWh | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
産業廃棄物 「環境数値データ」 | 2024年 | 140 t | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
産業廃棄物 「環境数値データ」 | 2025年 | 156 t | KEYENCE Sustainability Information p.45 |
売上総利益(産業廃棄物あたり) 「環境数値データ」 | 2024年 | 5500 百万円/1t | KEYENCE Sustainability Information p.46 |
1tあたりの売上総利益 「環境数値データ」 | 2025年 | 5694 百万円 | KEYENCE Sustainability Information p.45 |
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