【Deep Research】ファーストリテイリングの真髄
柳井 正という強烈な個性を持つ創業者が一代で築き上げたグローバル企業、ファーストリテイリング。多くの人は同社を「ユニクロ」というブランドを通じて、高品質で低価格なアパレルを提供する「服屋」と認識しているだろう。しかし、その実像は、私たちが抱くイメージをはるかに超えた、壮大なビジョンと緻密な戦略によって駆動される一つの生命体である。彼らが自らを「情報製造小売業」[1]と定義し、掲げるステートメントが「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」[2]であることからも、その野心は明らかだ。
2024年8月期、同社は売上収益3兆円[3]、営業利益5,000億円[4]という過去最高の業績を叩き出した。しかし、この数字は物語の序章に過ぎない。彼らが見据えるのは、売上収益10兆円[5]という遥かなる高みであり、その先にある「成長と持続可能性の新しい産業」[6]の創造だ。
本稿では、ファーストリテイリングという企業の核心に迫る。単なる成功譚をなぞるのではなく、その強靭な企業体を構成する三つの重要な要素ー企業理念(MVV)、ESG経営、そして人的資本経営ーが、いかにして分かちがたく結びつき、相互に作用し合いながら、この巨大な組織を未来へと推し進めているのかを解き明かす。これは、アパレル業界の一企業の分析ではない。理念がいかにして経営の隅々にまで血肉として浸透し、持続的な価値創造のエンジンとなり得るのか、その普遍的なメカニズムを解剖する試みである。
理念の創世記 ー 宇部の原風景から「LifeWear」へ
ファーストリテイリングの物語を理解するには、その時計の針を創業者・柳井正氏の原点、山口県宇部市での体験にまで巻き戻さなければならない。かつて炭鉱で栄えた街が、エネルギー革命の波にのまれ、静かに活力を失っていく姿。柳井氏が父から継いだ紳士服店「小郡商事」[7]も、斜陽化する商店街の中にあった。この故郷の変遷を目の当たりにした彼は、「どんなに繁栄していても衰退する、全てのことは変わる」[8]という強烈な原体験を胸に刻む。これが、ファーストリテイリングという企業に埋め込まれた「変化への渇望」と「現状否定」のDNAの源流である。
SPAへの転換、そしてフリースという社会現象
「変化しなければ衰退する」という危機感は、柳井氏を新たなビジネスモデルの探求へと駆り立てた。1984年、広島市にカジュアルウェアの「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」、後のユニクロ1号店を開業[8]。しかし、本当の転機は香港で訪れる。そこで彼は、米国のGAPなどが採用していたSPA(製造小売業)モデルに出会う。企画から製造、販売までを一貫して手がけるこのモデルこそが、高品質な商品を低価格で提供する鍵だと確信した柳井氏は、日本初の巨大SPAチェーン構築を決意。1991年、社名を「小郡商事」から「ファーストリテイリング」へと変更した[9]。この社名には、素早く(Fast)商品を回転させる(Retailing)ことで顧客のニーズに応えるという、SPAモデルの本質が込められていた。
この新しいビジネスモデルが爆発的なエネルギーを放ったのが、1998年のことだ。東京・原宿にオープンした旗艦店は、斬新なデザインで若者たちの心を掴み、行列ができるほどの人気を博した[10]。そして2000年、1900円のフリースが2,600万枚を売り上げるという社会現象を巻き起こす。この成功により、同社は2001年8月期に経常利益1,032億円を達成[10]、ユニクロは国民的ブランドとしての地位を確立した。
しかし、急成長の光は濃い影を落とす。フリースブームの反動で、翌2002年から2003年にかけて業績は急降下[11]。一度社長を退いていた柳井氏が、再び経営の舵を取ることになる。この挫折は、ファーストリテイリングにとって重要な教訓となった。一過性のブームに頼るのではなく、顧客の生活に深く根差した、本質的な価値を持つ商品を生み出さなければ、持続的な成長はあり得ない。
「需要の創造」とLifeWear思想の誕生
この反省から生まれたのが、第二の成長エンジンとなる「ヒートテック」である。柳井氏は、素材メーカーの東レと戦略的パートナーシップを締結[12]。これは単なるサプライヤーとの取引ではない。互いの技術と知見を持ち寄り、世の中にない新しい価値を共創する「運命共同体」としての連携だった[13]。2003年に発売されたヒートテックは、当初こそ大きな注目を集めなかったが、粘り強い改良とマーケティングの末、2008年には2,800万枚を完売する大ヒット商品へと成長した[11]。
ヒートテックの成功は、柳井氏の経営哲学を象徴している。「新しい需要をつくりだし、自分たちで努力して開発することだ。『あったらいいな』をつくりだすこと。それが大事だ」[14]。既存のパイを奪い合うのではなく、革新的な商品によって新たな市場そのものを創造する。この哲学は、エアリズムやウルトラライトダウンといった後続のイノベーションにも受け継がれていく[12]。
こうした商品開発の積み重ねの中から、ファーストリテイリングの思想を体現するコンセプトが生まれる。それが「LifeWear」だ。LifeWearとは、単なるファッションではない。人々の生活をより豊かにするための「究極の普段着」[15]であり、生活に不可欠な「服のインフラ」[16]である。その定義は極めて明確だ。「シンプルで、上質、長く使える耐久性や機能性をもち、あらゆる人の暮らしを豊かにできる服。自然との共生を考え、つくられる過程で革新的な技術を使い、環境にも配慮した服。また、健康と安全と人権が守られた環境で、いきいきと働く多様な人々の手でつくり、届けられる服」[17]。
このLifeWearという思想は、同社のあらゆる活動の根幹をなす羅針盤となった。それは、どのような服をつくるべきかという指針であると同時に、どのようにつくり、どのように届け、そして使い終わった後にどう責任を持つべきかという、事業全体の倫理観をも規定する。人種、国籍、性別を超えた「MADE FOR ALL」[18]の精神を核に、LifeWearはファーストリテイリングが「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」[19]ための具体的な方法論へと昇華されていったのである。
ESG経営という必然 ー 「良い会社」であることの論理
現代の経営において、ESG(環境・社会・ガバナンス)は避けて通れないテーマである。しかし、ファーストリテイリングにとってのESGは、近年のトレンドに対応するための後付けの装飾ではない。それは、創業以前の「小郡商事」時代から受け継がれる「社会に良いことをする」[20]という商売の原点であり、LifeWearという思想を社会に実装するための必然的な経営システムなのである。柳井氏が「社会にプラスの価値を与える企業しか、永続的には発展しない」[21]と語るように、同社では「事業拡大」と「社会に対する貢献」が不可分なものとして捉えられている。
環境(E)への挑戦 ー サプライチェーン全体を貫く責任
アパレル産業は、長らく環境負荷の大きい産業として批判に晒されてきた。ファーストリテイリングは、この課題に真正面から向き合い、野心的な目標を掲げている。2030年度までに、自社の店舗やオフィスにおける温室効果ガス(GHG)排出量を2019年度比で90%削減[22]し、サプライチェーン全体でも20%削減[23]するという目標は、その覚悟の表れだ。さらに、2050年にはカーボンニュートラルを達成する[24]ことをコミットしている。
この目標達成に向けた取り組みは具体的かつ多岐にわたる。まず、自社事業におけるエネルギー転換だ。2030年度までに使用電力を100%再生可能エネルギーに切り替えることを目指し[22]、2023年8月期時点ですでにその比率は67.6%に達している[22]。
しかし、同社の取り組みの真骨頂は、自社のコントロールが及ばないサプライチェーン(Scope3)にまで踏み込んでいる点にある。商品の素材調達がその最たる例だ。2030年までに全使用素材の約50%を、リサイクル素材などGHG排出量の少ない素材に切り替える目標を掲げ[25]、着実にその比率を高めている。2023年度にはリサイクルポリエステルの使用比率がポリエステル全体の30.0%に達し[26]、2024年には47.4%まで上昇[27]。ファーリーフリースフルジップジャケットの身生地は、リサイクルペットボトル原料を100%使用するまでに至った[28]。
こうした理念を具現化した象徴的な存在が、2023年4月にオープンした「ユニクロ 前橋南インター店」[29]だ。この店舗は、設計段階から徹底的にエネルギー効率が追求された。天窓からの自然採光、庇による日差しカット、屋上への太陽光パネル設置、リサイクル断熱材の使用といった工夫が凝らされ[30]、従来のロードサイド店舗に比べて消費電力を約40%削減できる見込みだという[31]。これは単なるエコ店舗ではない。サステナビリティを事業の中核に据えるという同社の企業姿勢を社会に示す、生きたショールームなのである。
水資源の管理も同様に重要視されている。水消費量の多い縫製・素材工場に対し、2025年末までに単位当たりの水使用量を2020年比で10%削減する目標を設定[32]。さらに、有害化学物質の排出ゼロを目指す国際団体ZDHCの排水基準を遵守し、2023年には99.7%という高い遵守率を達成している[33]。これらの地道な取り組みが評価され、国際的な非営利団体CDPからは、気候変動と水セキュリティの両分野で最高評価である「Aリスト」企業に選定されている[34][35]。
社会(S)への貢献 ー 服の力を信じる企業の使命
ファーストリテイリングの社会貢献活動は、単なる慈善事業の枠を超え、本業である「服」を通じて社会課題の解決を目指すという明確な意志に貫かれている。その活動は、サプライチェーンで働く人々の人権から、商品を手に取る顧客、そして服を使い終えた後の循環まで、広範な領域をカバーする。
サプライチェーンにおける人権の砦: グローバルに広がるサプライチェーンは、アパレル企業にとって最大の人権リスク領域だ。同社は、このリスクから目を背けることなく、透明性の確保と労働環境の改善に注力している。2023年からは、従来の縫製工場や素材工場に加え、主要な紡績工場にも監査対象を拡大[36]。これは、原材料の最上流まで遡って責任を果たすという強い決意の表れだ。
モニタリングの結果は、良い面も悪い面も包み隠さず公表される。2024年8月期のモニタリングでは、児童労働や強制労働など最も深刻な「ゼロトレランス」違反が6工場で確認された[37]。しかし重要なのは、違反を特定するだけでなく、是正に向けて工場と協働し、改善を促すプロセスである。前年度の違反工場14工場のうち10工場が改善済みである[38]という事実は、このプロセスが機能していることを示唆している。こうした地道な努力が、Corporate Human Rights Benchmarkでトップ10に選定される[39]という外部評価にも繋がっている。
コミュニティと共に歩む: 同社の社会貢献活動で特に象徴的なのが、2022年6月に始まったチャリティTシャツプロジェクト「PEACE FOR ALL」[40]だ。著名なアーティストやクリエイターがボランティアでデザインしたTシャツを販売し、その利益の全額(販売価格の20%相当[41])を、貧困、差別、暴力、紛争、自然災害に苦しむ人々を支援する国際団体に寄付する。このプロジェクトは世界的な共感を呼び、2024年11月末までに寄付金総額は18億8,368万円に達した[42]。これは、本業であるTシャツというプロダクトをメディアとして活用し、平和へのメッセージを世界中に届ける、ファーストリテイリングならではの社会貢献の形だ。
長年にわたる難民支援も、同社のDNAに深く刻まれている。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とのパートナーシップは2006年に始まり、これまでに累計5,897万点の衣料を寄贈してきた[43]。支援は物資の提供にとどまらない。日本国内では53名の難民を雇用し[44]、自立を支援している。2024年冬から開始された「The Heart of LifeWear」活動では、全世界で100万点規模のヒートテックを寄贈する計画[45]が進行中であり、そのうち53万点[46]が難民や国内避難民に向けられる予定だ。
服の循環経済を創る: 「売ったら終わり」ではない。ファーストリテイリングは、販売後の服にも責任を持ち、循環型ビジネスモデルの構築を加速させている。その中核を担うのが「RE.UNIQLO」の取り組みだ。顧客から不要になったユニクロの服を回収し、リユース(再利用)やリサイクル(再資源化)につなげる。回収された衣料の一部は難民支援に活用され、ダウン商品は新たなダウン商品へと生まれ変わる[47]。
さらに、服を長く大切に着る文化を育むため、「RE.UNIQLO STUDIO」をグローバルに展開。リペアやリメイクのサービスを提供し、現在では22の国と地域、51店舗にまで拡大している[48][49]。2023年には、回収した古着に染めや加工を施して新たな価値を与える「UNIQLO 古着プロジェクト」[50]も始動。これは、大量生産・大量消費というアパレル業界の旧来の常識に挑戦し、「地球規模で価値を循環させる」[51]という壮大なビジョンに向けた重要な一歩である。
ガバナンス(G) ー 透明性と実効性の追求
企業の持続的成長には、健全なガバナンスが不可欠だ。ファーストリテイリングは、監査役会設置会社という形態をとりながら、取締役会の監督機能強化に努めている。取締役10名のうち過半数の6名を社外取締役が占め[52]、その独立性を確保。2024年8月期の取締役会出席率は100%[53]と、その実効性の高さがうかがえる。
また、取締役会の機能を補完するため、サステナビリティ委員会[54]、人権委員会[55]、リスクマネジメント委員会[56]など、専門性の高い9つの委員会を設置している[57]。これらの委員会が、それぞれの領域で迅速かつ専門的な議論を行い、取締役会の意思決定を支えている。こうした透明性と実効性を追求するガバナンス体制が、理念に基づいたESG経営を確固たるものにしているのだ。
人的資本経営の核心 ー 「全員経営」という究極の組織論
ファーストリテイリングの強さを解き明かす上で、最も重要な鍵となるのが、そのユニークな人的資本経営である。柳井氏が提唱する「全員経営」[58]という理念は、単なる精神論ではない。それは、世界中に広がる約11万人の従業員[59]一人ひとりが経営者意識を持ち、自律的に価値を創造する組織を目指す、壮大な実験であり、同社の競争力の源泉そのものである。
ダイバーシティ&インクルージョン ー 成長を加速させる多様な力
「全員経営」の土台となるのが、徹底したダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進だ。同社は、多様なバックグラウンドを持つ人材がそれぞれの能力を最大限に発揮できる環境こそが、グローバルな成長に不可欠だと考えている。
その最も顕著な成果が、女性活躍推進である。2030年までに女性管理職比率を50%にするという極めて野心的な目標[60]を掲げ、2024年8月期にはすでに46.1%[60]に達している。これは、多くの日本企業が目標達成に苦慮する中で、驚異的な水準と言える。この背景には、性別に関わらず実力本位で評価し、登用する文化が根付いていることに加え、キャリアパスの多様化や働きやすい環境整備への継続的な投資がある。
グローバル化の進展も、D&Iを加速させている。国内外の管理職に占める外国籍従業員の比率は55.5%[61]にのぼり、まさにグローバル企業の名にふさわしい多様な経営チームが形成されている。スウェーデン・デンマークのCOOを務めるニコリーナ・ジョンストン氏[62]のように、各国のビジネスを現地のリーダーが牽引する体制が、地域に根差した経営とグローバル基準の融合を可能にしている。
理念を血肉化する育成システム
「全員経営」を実現するためには、全従業員が会社の理念やビジョンを深く理解し、共有することが不可欠だ。ファーストリテイリングは、そのための精緻な育成システムを構築している。
年2回開催される「FRコンベンション」には、世界中から約4,500人の店長や本部社員がオンライン・オフラインで参加[63]。経営トップから直接、会社の方向性や戦略が共有され、理念が再確認される重要な場となっている。さらに、ショート動画で会社の理念や商品情報を学べるプラットフォーム「FRWD」[64]のようなデジタルツールも活用し、理念教育を日常業務に溶け込ませている。この一年間で、延べ11万人の社員がこうした理念教育を受けている[65]という事実は、その徹底ぶりを物語っている。
新卒採用においても、この理念への共感が最重要視される。「UMC(Uniqlo Management Candidate)」と呼ばれるグローバル統一の採用プログラムには、年間約150万人の学生から応募がある[66]。厳しい選考を経て入社する約1,000人の若者たち[67]は、入社直後から店舗のリーダー候補として、商売の最前線で「全員経営」を実践的に学んでいく。
こうした取り組みの結果、従業員のエンゲージメントは高い水準を維持している。2023年のエンゲージメントサーベイでは、肯定的な回答をした社員の割合が74.3%[68]に達した。これは、従業員が会社の理念に共感し、自らの仕事に誇りとやりがいを感じていることの証左であろう。
次世代への継承 ー カリスマから「チーム経営」へ
ファーストリテイリングが直面する最大の経営課題の一つが、柳井正という傑出した創業者からの経営承継である。カリスマ経営者のリーダーシップに依存する組織は、その不在と共に活力を失うリスクを常に抱えている。この課題に対し、同社が出した答えが「チーム経営」[69]への移行だ。
2023年9月、長年ユニクロの事業を牽引してきた塚越大介氏が、株式会社ユニクロの代表取締役社長兼COOに就任した[70]。これは、柳井氏が会長兼CEOとして大局的な戦略を担い、塚越氏が日々の業務執行をリードするという、役割分担を明確にした新体制への移行を意味する。
この移行を支えるのが、厚い人材の層だ。同社には、世界中に約500名の若き経営者候補が存在する[71]という。彼らの多くは、UMCとして入社し、世界各国の店舗で経験を積んだたたき上げの人材だ。タイのNacharee Louvre氏がブロックリーダーから店長へとキャリアアップしていく[72][73]ように、グローバルで統一された育成・評価システムを通じて、次世代のリーダーが着実に育っている。
柳井氏の長男である柳井一海氏と次男の康治氏も取締役として経営に参画しているが、彼らの役割は創業家の理念を継承することに重きが置かれている。「創業家の一員として、取締役として、責務を全うします」[74]という柳井一海氏の言葉は、経営の執行はプロフェッショナルな経営チームに委ねつつ、創業の精神を守り続けるという姿勢を示唆している。
「全員経営」の理念の下で育った多様なリーダーたちが、国籍や性別、年齢の壁を越えてチームとして機能する。この新しい経営モデルを確立できるかどうかが、ファーストリテイリングの未来を左右する最大の鍵となるだろう。
10兆円企業へのロードマップ ー グローバル成長と「情報製造小売業」の進化
理念、ESG、人的資本という強固な経営基盤の上に、ファーストリテイリングは次なる成長ステージへの明確なロードマップを描いている。売上収益3兆円を突破し、過去最高の業績を更新し続ける今、その視線は中期的な目標である5兆円[75]、そして長期的な目標である10兆円[5]へと向けられている。この壮大な目標を達成するための成長エンジンは、グローバル市場の開拓と、「情報製造小売業」のさらなる進化にある。
成長の主戦場、欧米市場の攻略
かつて国内事業が中心だったファーストリテイリングは、今や名実ともにグローバル企業へと変貌を遂げた。2024年8月期には、海外ユニクロ事業の売上構成比が連結全体の55.2%に達し[76]、成長の牽引役となっている。特に近年、目覚ましい成長を遂げているのが欧州と北米市場だ。
欧州事業は、2024年8月期に売上収益2,765億円(前期比44.5%増)[77]、営業利益465億円(同70.1%増)[78]と爆発的な成長を記録。イタリアのローマ[79]、スコットランドのエディンバラ、ポーランドのワルシャワ[80]など、新たな都市への出店も成功を収めている。しかし、約70兆円[81]ともいわれる巨大な欧州アパレル市場におけるユニクロのシェアは、まだ0.5%未満[82]に過ぎない。これは、裏を返せば巨大な成長ポテンシャルが眠っていることを意味する。同社は2027年8月期に欧州事業の売上収益5,000億円[83]という高い目標を掲げ、攻勢を強めている。
北米市場は、同社にとって長年の課題であった。2005年の進出以来、赤字が続いていたが、2022年8月期に悲願の通期黒字化を達成[84]。これを転機に、成長軌道に乗った。2024年8月期には売上収益2,177億円(前期比32.8%増)[85]、営業利益348億円(同65.1%増)[86]と、力強い成長を見せている。ブランディングの強化により、進出都市での認知度は80%以上に高まり[87]、東海岸・西海岸を中心に新規出店を加速。2024年10月にはテキサス州に初進出し、5店舗を立て続けにオープンさせた[88]。2025年8月期には店舗数が100店舗を超える見込み[89]であり、2027年8月期には売上収益3,000億円、営業利益率20%[85][90]という目標は、もはや夢物語ではない。
「情報製造小売業」の深化と第二の柱GUの挑戦
グローバルな成長を支えるのが、ビジネスモデルそのものの進化だ。ファーストリテイリングが推進する「有明プロジェクト」[91]は、企画、生産、物流、販売の全プロセスをデジタルでつなぎ、サプライチェーン全体の無駄をなくすことを目的としている。
その核心は、顧客起点の徹底にある。顧客からの声は、商品の開発・改善の出発点となる[92]。例えば、10年以上販売しているUVカットメッシュパーカは、毎シーズン顧客の声を反映して改良が加えられ、2023年には防臭機能の付加とポケッタブル仕様への変更で売上を大きく伸ばした[93]。
販売データとアルゴリズムを活用した需要予測の精緻化[94]により、必要な商品を、必要なタイミングで、必要な量だけ生産する体制が強化されている。さらに、自動化倉庫の導入[95]は、物流の効率化と店舗へのきめ細やかな商品供給を可能にした。これら「情報製造小売業」の進化が、過剰在庫のリスクを低減し、収益性を高める好循環を生み出しているのだ。
そして、10兆円企業への道のりにおいて、ユニクロに次ぐ第二の成長の柱として期待されるのが、ジーユー(GU)事業である。「ファッションと低価格」[96]を武器に、日本国内で確固たる地位を築いたGUは、今、「GO GLOBAL」[97]を合言葉に、本格的な海外展開に乗り出した。2024年9月、米国ニューヨークのソーホーに海外初の旗艦店をオープン[98]。同時に、ニューヨークに商品本部を新設し[99]、世界の最新トレンドを商品開発に活かす体制を整えた。ユニクロで培ったグローバル展開のノウハウを活用し、将来的にはユニクロと同程度の店舗網を世界中に築く[100]という野心的なビジョンを掲げる。GUが真のグローバルブランドへと飛躍できるかどうかが、ファーストリテイリングの未来の成長角度を決定づける重要な要素となるだろう。
結論 ー アパレル企業の未来を再定義する者
ファーストリテイリングの軌跡を丹念に追っていくと、一つの明確な結論にたどり着く。それは、同社がもはや単なる「アパレル企業」という枠組みでは捉えきれない存在である、ということだ。彼らが目指しているのは、服を売ることではない。「LifeWear」という思想を核に、企画・生産から販売、そしてリサイクルに至るまでの全プロセスにおいて、環境と人権に配慮し、顧客と従業員、社会全体にとっての価値を最大化する「新しい産業」[101]を創造することなのである。
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」[2]。この壮大なステートメントは、単なる美辞麗句ではない。それは、宇部の原風景から生まれた創業の精神に端を発し、LifeWearという思想に結晶化し、ESG経営と人的資本経営という具体的なシステムを通じて、日々の事業活動の隅々にまで浸透している、生きた哲学だ。
もちろん、彼らの前途が平坦であるわけではない。柳井正という偉大な創業者の後継、グローバル化に伴うサプライチェーンの複雑化とリスク管理、そしてますます高まるサステナビリティへの社会的要請。これらの挑戦を乗り越え、売上収益10兆円という頂に到達するためには、これまで以上の変革が求められるだろう。
しかし、ファーストリテイリングの歴史そのものが、「変化し続けること」の連続であった。彼らが信じるのは、過去の成功体験ではなく、未来を自らの手でつくる[102]という強い意志だ。理念が経営を駆動し、社員一人ひとりがその理念を体現する「全員経営」が機能し続ける限り、ファーストリテイリングはこれからもアパレル産業の常識を覆し、私たちに新しい服の、そして新しい企業のあり方を示し続けてくれるに違いない。その挑戦の先に、どのような未来が描かれるのか。世界は固唾をのんで見守っている。
▶出典(102件)
- 情報製造小売業:SPAの進化形ビジネスモデル(FAST RETAILING WAY 全文 - 株式会社ファーストリテイリング)
- ファーストリテイリンググループの企業理念(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.2)
- 2024年8月期売上収益(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.9)
- 2024年8月期営業利益(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.47)
- ファーストリテイリングの長期売上収益目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.6)
- 成長と持続可能性の新しい産業(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.26)
- 創業:山口県の紳士服店を継承(ファーストリテイリング 服を変え常識を変え世界を変えていく - GLOBIS知見録)
- 創業のきっかけ:宇部の衰退と変革への決意(ファーストリテイリング 服を変え常識を変え世界を変えていく - GLOBIS知見録)
- SPA転換:香港での学びと社名変更(ファーストリテイリング 服を変え常識を変え世界を変えていく - GLOBIS知見録)
- 急成長:フリースブームと経常利益1000億円(ファーストリテイリング 服を変え常識を変え世界を変えていく - GLOBIS知見録)
- 復活:柳井復帰とヒートテック開発(ファーストリテイリング 服を変え常識を変え世界を変えていく - GLOBIS知見録)
- 東レとの協業による製品開発(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.11)
- LifeWear実現のための戦略的パートナーシップ(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.11)
- 柳井正:需要を自ら創り出す経営哲学(ファーストリテイリング 服を変え常識を変え世界を変えていく - GLOBIS知見録)
- LifeWearのコンセプト(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.10)
- LifeWearを通じた快適で質の高い生活の実現(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2022, p.7)
- LifeWearの定義(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.5)
- 「MADE FOR ALL」の精神(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.19)
- 企業ステートメント(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.17)
- 商売の原点(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.16)
- 長期的な価値を高める経営方針(社会貢献)(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.16)
- 自社使用電力再生可能エネルギー比率目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.59)
- サプライチェーンGHG排出量削減目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.59)
- カーボンニュートラル達成目標(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2022, p.61)
- 2030年8月期 全使用素材のリサイクル素材比率目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.77)
- リサイクルポリエステルの使用比率(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.85)
- リサイクルポリエステル使用比率(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.53)
- ユニクロファーリーフリースフルジップジャケット身生地のリサイクル素材比率(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2022, p.55)
- ユニクロ前橋南インター店出店(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.89)
- ユニクロ 前橋南インター店の消費電力削減工夫(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.64)
- 店舗消費電力削減見込み(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.65)
- 2025年末 取水量上位80%工場での取水量削減目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.77)
- ZDHC排水基準遵守率(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.65)
- CDP Aリスト認定(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.65)
- CDP Aリスト (気候変動)(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.91)
- 労働環境モニタリング対象拡大(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.58)
- 労働環境モニタリングゼロトレランスあり工場数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.58)
- 2023年度ゼロトレランス違反工場で改善済みの工場数(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.62)
- Corporate Human Rights Benchmark Top 10(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.91)
- PEACE FOR ALLプロジェクト開始(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2022, p.62)
- PEACE FOR ALLプロジェクト寄付割合(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.17)
- チャリティTシャツプロジェクト寄付金総額(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.65)
- 回収衣料の寄贈点数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.81)
- 国内ユニクロ店舗などにおける難民雇用者数(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.66)
- The Heart of LifeWear活動 ヒートテック寄贈目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.17)
- 難民・国内避難民などへのヒートテック寄贈予定数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.17)
- ダウン商品の商品から商品へのリサイクル(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.53)
- RE.UNIQLO STUDIO設置国・地域数 (2024年10月末)(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.62)
- RE.UNIQLO STUDIO設置店舗数 (2024年10月末)(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.62)
- UNIQLO 古着プロジェクト立ち上げ(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.63)
- 新しい服のビジネスモデルの目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.51)
- 取締役会における社外取締役比率(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.71)
- 取締役会出席率(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.71)
- サステナビリティ委員会の設置(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.70)
- 人権委員会委員数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.71)
- リスクマネジメント委員会委員数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.71)
- 取締役会補完委員会(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.73)
- 企業ビジョン(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.14)
- 総従業員数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.87)
- 女性管理職比率(2030年8月期目標)(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.68)
- 国内外の管理職に占める外国人比率(2024年8月期)(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.68)
- スウェーデン、デンマークCOO(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2022, p.65)
- FRコンベンション参加者数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.37)
- FRWDプラットフォームの説明(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.37)
- 理念教育受講社員数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.37)
- UMC採用応募者数(グローバル)(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.37)
- 年間入社人数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.37)
- エンゲージメントサーベイスコア(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.70)
- 経営体制の進化とチーム型への移行(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2022, p.70)
- 塚越大介氏のユニクロCOO就任時期(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.36)
- 世界中の経営者候補数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.37)
- Nacharee Louvre氏の2023年の役職(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.69)
- Nacharee Louvre氏の2024年の役職(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.69)
- 柳井一海氏が語る事業哲学と成長戦略(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.78)
- 連結売上高(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.91)
- 海外ユニクロ事業の売上構成比(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.78)
- 欧州事業の売上収益(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.42)
- 欧州事業の営業利益(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.42)
- ローマ・コルソ通り店オープン(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.45)
- 2024年の新規出店都市(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.12)
- 欧州アパレル市場規模(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.43)
- ユニクロ欧州市場でのシェア(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.43)
- ユニクロ欧州事業の売上収益目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.43)
- 北米事業の通期黒字化(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2022, p.42)
- 北米事業売上収益(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.40)
- 北米事業営業利益(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.40)
- 米国進出都市での認知度(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.10)
- テキサス州新規出店数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.40)
- 2024年8月末 北米店舗数(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.34)
- 北米事業営業利益率目標(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.40)
- サプライチェーン改革プロジェクト(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.23)
- 商品開発の起点(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.31)
- UVカットメッシュパーカの改良と売上拡大(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.53)
- サプライチェーン進化の具体的な取り組み(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.57)
- サプライチェーン進化の具体的な取り組み(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.57)
- ジーユー事業の強み(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.4)
- 「GO GLOBAL」戦略目標年度(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.53)
- ジーユー米国初の海外旗艦店オープン(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.13)
- ジーユーニューヨーク商品本部新設(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.47)
- ユニクロと同程度の店舗数展開(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.47)
- 未来を変える戦略ビジョン(FAST RETAILING Integrated Report 2024, p.19)
- 未来創造の哲学(FAST RETAILING INTEGRATED REPORT 2023, p.16)
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